22人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
蜥蜴人たちは死せる飛竜の臭いにか、――将又、生ける駆竜の末裔たる北衛に引き寄せられるのか。
岬の極へと迫る濃く暗い森を抜けて、度たび、この館の近くへと姿を見せる。
森――、陸へと背を向け、海へと門扉を開くかの如く建てられてた館は『飛竜の死出の館』と見做されていた。
――その、あまりにも不吉な名故だろう。
最寄りの村の者たちは言うまでもなく、館の持ち主たる駆竜の王の裔、御堂の家の者でさえも、口に出すのをはばかった。
最果ての岬の館、またはただ、『岬の館』とだけ呼ばれていた。
北衛は、その『岬の館』の主にして、火夜がやって来るまでは唯一人の住人だった。
本来は側仕えであろう明純は、月の大半を御堂の本屋敷で過ごしている。
火夜が曲がりなりにも剣を振るえるようになってからは、さらにそれが明らかになった。
今では、館には月に数えるほどしか帰って来ない。
明純が居ようといまいと、北衛の暮らしぶりは何ら変わらなかった。
北衛の三度の食事や身の回りの細ごまとした世話は、森の側へと建てられた館の離れに住む老女が行なっていた。
しかし、北衛が「洋」と親しげに呼ぶその老女は、相当の年寄りだった。
何かと覚束ないことばかりだったが、北衛が苛立ち声を荒げたことは一度たりとてない。
見るにみかねた火夜は事あるごとに老女を手伝い、北衛はそのつど、碧く澄んだ目を細めていた。
最初のコメントを投稿しよう!