色川浅葱

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 諏訪の顔が浮かんだ。  彼はビルの屋上から飛び降りようとした。 「ねえ、もしかして、諏訪さんも私と同じ?」 「そう。彼もビルの屋上から飛び降りている。地面に激突する直前に炎加が救ったんだ」 「炎加さん、凄い」 「多分、気付いていると思うけど、炎加はイタチのあやかし『カマイタチ』。突風とともに移動するから、目にもとまらぬ速さで凄いよ」 「私、お店で炎加さんが一瞬だけイタチに見えたんだけど、見間違いじゃなかったんだね」 「あ、見えちゃった? あの子は変化が下手でね、時々気が緩んでイタチに戻ってしまうんだ。だから店の奥に引っ込めているの」  ケラケラとレンゲちゃんはお腹を抱えて笑った。  それから、真剣な顔つきになった。 「死んじゃったら、過去に戻すことはできない」 「私や諏訪さんが炎加さんに助けられたのは、偶然居合わせたから?」 「そう。炎加は風に乗って市中を見て回るのが好き。それで、たまたま助けたんでしょう。助けると私のところに連れてくる。私が少しだけ時間を戻して、蘇芳で目覚めさせる。そうすれば、夢だったと思うから」  優しいあやかしたちに感激するが、誰でも助けられるわけじゃないところはちょっとだけ残念。 「諏訪さんは、飛び降りる前に思い直したって言っていたけど。思い出していないの?」 「彼の場合は、彼自身の意志で記憶を改ざんしている。自分の間違いを認めたくないんだよ。それだけ心が弱い人なの」 「そうなんだ……」 「忘れたかったら忘れていていい。その代わり、彼は自分の力で未来を変えた。もう死ぬことはないと思う。定期的に蘇芳にも来ているし」  諏訪は、蘇芳の料理とお酒、レンゲちゃんとの会話を楽しんでいる。蘇芳で過ごす時間を楽しむその姿に偽りはなさそうだ。 「この先、あなたは会社へ何事もなかったように行ける」 「でも……」  諏訪と違い、浅葱の悩みは何にも解決していない。  暗い顔をする浅葱の手を、レンゲちゃんが心配そうに掴んだ。 「そう。同じ生活ではいつかは同じことになる。違う選択をすることで未来は変わる。変えられるのは自分だけ。自分を見つめ直すの。どう生きれば幸せなのかってね。それだけでいい」
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