てがみや

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てがみや

「ありがとうございましたー」  本日最後のお客様が帰ったことを確認して、私は掛け看板を「CLOSED」へと裏返した。  閉店後は、掃除、売上の確認、それから本日買い取った手紙と質流れした手紙の仕分けを行う。  ここは「てがみや」、手紙の買取と質入れを扱う店であり、私のバイト先だ。    ◆ 「本日の分の手紙です。ここに置いておきますね」 「ありがとう~」  仕分けした手紙は、店の二階にある店主の部屋に運び込むことになっている。  この店主――つまり私の雇い主――は、人嫌いなのか何なのか、店のことをほとんど私に任せっきりにして部屋に引きこもっているようである。ひょろりとした体躯と白い肌は、見る度に適度な運動を勧めたくなるくらいだ。  店主はひょこひょこと軽快な足取りで手紙の束に近付き、本日の分を楽しそうに確認し始める。 「あの、前から思っていたのですが」 「なんだい?」 「その手紙って、どうするんですか?」  瞬間、店主の手が止まった。  何かマズいことを聞いただろうか?と緊張していると、店主がゆっくりと顔を上げてこちらを見た。その目は、警戒の色を映している。 「……君には現金でお給料を渡しているだろう? この手紙はさすがに渡せないからね?」 「…………はい?」  何を言われたか、よく分からなかった。なぜ私が手紙をもらいたい話になったのだろうか。  キョトンとしている私を見て、店主も何か気付いたような顔をした。 「もしかして、単純な疑問? 手紙が欲しいんじゃなくて?」 「はい、そうですが……」 「ああ、ごめんごめん」  明らかにほっとした声だった。 「立ち話よりは長くなると思うから、そこの椅子に座ってよ」 「はあ」  何だかよく分からないまま、勧められた通りに椅子に腰掛けた。今しがた冷蔵庫から出してきたらしいお茶が、グラスに注がれて目の前に置かれた。 「ええと、まずボクがここの世界から見て異界からやってきたというのは前に説明したよね?」 「はい、採用時に聞いています」 「だから、端的に言うといわゆる『人間』ではない、というところまではいいかい?」 「大丈夫です」 「よし。そこで手紙が出てくるわけなんだけども、」  店主は手紙の束から1つ引き抜き、封筒から便箋を取り出してひらひらと振り、 「これがボクの食事なのさ」  端を少し千切って口の中に放り込んだ。美味しそうにもぐもぐとしている。……なんだか、ひょろりとした風体も相まってヤギのようだと思わなくもない。 「手紙を食べる種族ですか」 「ん、正確には『呪』を食べるんだ。送り手の感情ができるだけ強くて、受け手の感情ができるだけ大きく揺さぶられたものの方が、味が濃くて美味しくなる。手紙じゃなくてもいいんだけど、形のあるものの方が集めやすいから手紙を選んでいるんだよ」 「査定の基準で、手書きかどうかがあるのも美味しさに影響するからですか?」 「そうそう。やっぱり気持ちは筆圧に乗りやすいし、読む人の心にいくらか影響するからね。新聞の切り抜きで作った脅迫状も、それはそれで別の美味しさがあるんだけど」  なるほど、査定金額は美味しさで決めていたのか。  話しつつ便箋を食べていく様子を眺めながら、出されたお茶に口をつけてふと思う。 「でも、こういう普通の飲み物も飲むんですよね?」 「嗜好品だね。食べ物もそうだけど、感情をこめて作ればしっかりとした食事にもなるよ。ただ、手紙の方が効率的だし美味しいし栄養としても優秀かな。『人間』の食事も悪くはないけどね~」 「はあ、なるほど」 「ところで――」  店主は便箋を食べ進めていた手を止め、その便箋が収められていた封筒の宛名を確認する。 「このお嬢さん、今日も来たんだね」  私もその宛名を覗き込んだ。 「ハルセさんですか。最近よく来店されていますね。どうかしましたか?」 「いやなに、どんどん美味しくなるラブレターだなと思ってさ」  たしかにハルセさんからの手紙の買取は、来る度に値が上がっていっている。だが、そこまで言うほどのものなのだろうか。不思議に思っている私に、店主は微笑んで言った。 「君は基準通りに査定して買い取ってくれれば、それでいいんだよ。査定基準以外は、特に気にしなくて大丈夫だから」 「そういうものですかね」 「そういうものだよ」  他人の、しかも人間以外の味覚なんて分からないから、本人がそう言うならそれでいいかと思うことにした。  グラスに残っていたお茶を飲み干す。 「お話ありがとうございました」 「いえいえ、明日からもよろしくね~」  お辞儀をして、店主の部屋を後にする。  店主の微笑みを思い出して、いつ見ても底の見えない冷えた色をしているな、とぼんやりと思った。  ◇ ◇ ◇  美味しい、実に美味しい。  ハルセさんと言ったか。彼女、手紙を「貢がせている」な。  書き手の強い熱と、それを受け取った彼女の喜びと嘲りがよく感じられる。この手紙ならボクの店では高値で買い取るだろう。  しかし、彼女は気付いていなさそうだ。  この書き手がしたためている呪は、あまりに強い。表現されたものがこの手紙であるなら、本人の想いはどれほどであるか。  書き手の想いが叶うにせよ叶わないにせよ、まもなく彼女は店に来なくなるだろう。  これは、そういう味だ。独占と束縛の甘美。  ああ、おかわりが欲しい。
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