【603号室 枦山 道(とやま みち)】

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頬を薄く染めたまま、ふふっ、と屈託もなく笑ったその顔が、俺の心臓を絞るように握った。 伴った痛みを紛らわすように顔を少し傾けて近付けると、ひゅっと息を吸い込んだような表情をした塔子は、次の瞬間ぎゅっと目を瞑る。 俺の脳裏で、わりと新しい記憶の中の彼女がまた、『頑張ります』と言った。 「…………」   やめた。   そう思って、力いっぱい目を瞑っている塔子の鼻をつまむ。 「泡、ついてた」 「えっ!?」   瞬時にさっきの2倍の顔の赤さになって、体を離す塔子。 俺は「変な顔」と言って笑った。 塔子が「最初から教えてくださいよ」と睨んだので、「お互い様」と言って頭を小突く。   エレファントノーズフィッシュが吐いた息だろうか、水槽の方から小さくパチンと空気が弾けるような音がした。     伊崎さんがおばけの話題を出したこともあって、塔子は「泊まってください」と言った。 一旦自分の部屋でシャワーを浴びて寝る支度をし、塔子の部屋にまた戻る。 土曜日はだいたい泊まっているけれど、平日は初めてではないだろうか。 でも、すぐ上の階が自宅だという安心感があるから、あまり気にはならなかった。 「こちらが頼んでるのに、ソファーで寝させるのはやっぱり気が引けます」   そろそろ寝ようかという時間になり、リモコンで常夜灯にして「おやすみ」と言いかけると、パジャマ姿の塔子が寝室の入口に立って訴えてきた。 「いつもここだし、これソファーベッドだから全然大丈夫だって。下手すりゃ自分のベッドより寝心地いいよ」 「いえ……その……じゃあ、たまには交代とか……」
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