第0話 当たり前だった日常

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第0話 当たり前だった日常

 雪が降り始めた日。近くの踏切の音と共に、中央線が目覚まし代わりにガタンゴトンと音を立てる。しかし、それよりも前に、少年は制服に身を包み、ゴミに塗れた畳の上で食パンを食べていた。  時刻はもう7時。そろそろ出なければ遅刻してしまう。それに気付いた少年は「ヤベッ」と声を漏らし、鞄を持って急いで靴を履いた。そして 「行ってきまーす……って、クソ親父はまだ寝てるか。」  と、自分の父を蔑み、家を出た。  彼の名は陽山 託舞。母は生まれてすぐ亡くなり、15年間博打に溺れた虐待親父に育てられてきた。その事以外を除けば、何処にでもいる普通の少年である。  髪は黒のアグレッシブで、服装は高校の制服。  成績は中の下とかその辺り、体育も嫌いではないが、まずまずの成績だ。  そんなタクマは、いつものようにコンビニ近くの交差点を通り、近道である公園の階段を上り、薬局で代えの包帯を買って高校へと向かった。 【1年C組 教室】 「よっ、お前新しくリリースされた能面騎士クエストダウンロードしたか?」  声を掛けたのは、タクマの友人が一人、剣崎 龍弥(つるぎさき りゅうや)  両親はほぼ毎日他の都道府県で仕事をしている為、和食屋「剣崎」を営む実家で暮らしている少年。  髪は黒の前上げツーブロック。  スポーツは出来ない分、小学生の頃から祖父に叩き込まれた料理の腕は超一流で、小学生の時、料理コンクールで金賞を取った事もある。 「そんな事よりお前、飯食ってないだろ。ほら、取り敢えず、ウチの爺ちゃんがお前におにぎり握ってくれたから一緒に食おうぜ」 「ホント毎日ごめんよ、朝晩剣崎のタダ飯なんて」 「いいって事よ。卒業したら、親父とは縁切ってまずウチ来い。」  タクマはその事を笑いながら「それもう50回目ぐらい聞いたぞ」と言う。  そう和気藹々としつつ、二人が食事を済ませた時、担任が教室へ入ってきた。 「これからHRを始める、日直!」  この声と同時に、教室中に日直の「起立!礼!着席!」の三拍子が響き渡った。 「はいおはよう、それでは……」  担任は今日の時間割と連絡事項を言う。そして、時間割を読み上げ、HRが終わろうとする。  ただ、日直に目を向けようとした時、担任は声を暗めにして「最後に一つ言っておく」と言い、大事な話を始めた。 「お前達も知ってると思うが、今日で鹿羽根(しかばね)が死んでからもう半年だ。不登校であんまり学校に来るような奴ではなかったが、それでもクラスの一員だ。強制はしないが、せめて遺影に顔を……」  担任の話を遮るかのように、HR終了のチャイムが鳴る。  それを聞いた担任は、そこで話を切り上げて今日の日直へと目を向けた。 「起立!礼!」 『『ありがとうございました』』  それから今日の、全く変わらないありきたりな一日がスタートした。  1時間目、急に先生が風邪で倒れて自習になった。  2時間目、生物の授業で生物の「死」に関して学ぶ。  3時間目、そろそろ腹が減ってきた。後ろで早弁してる奴がこっそり菓子パンを食っているせいだろう。  4時間目、腹は減ったけどこんなのは日常茶飯事だ。何か普通じゃない面白い事起きないかな、と思いながら黒板に書かれた白い文字をひたすら書き写した。  そして、四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、ランチタイムになる。  タクマはいつものように、食堂で100円のコッペパンを買い、リュウヤと教室で食べていた。 「それはそうと能面騎士クエスト入れたか?」 「あぁ、入れた入れた。」  タクマは机の上にスマホを出し、能面騎士クエストを開く。「Now loading」の文字がスマホに表示されている時、タクマは少し泣きそうになった。  リュウヤはそれを察して「お前も思い出すか……」と言う。  因みに能面騎士とは、子供から大人まで、多くの人々から長年愛されてきた特撮番組で、友人であった鹿羽根はこれが大好きだった。  そしてタクマ達もら世代だった騎士の話等を通じて、また能面騎士を見るようになった。  だが、鹿羽根はすぐに何も言わず不登校になり、能面変化アイテムの発売日でもあった日、市長が運転する車に跳ねられて死んでしまったのである。  そうして思い出に浸りながらコッペパンを完食したのと同時に、ローディングが完了し、能面騎士クエストのOP曲が流れた。  今やってる李爆(りばく)のOPを某有名RPG風にアレンジした物が流れる。 「それでお前はどの初期騎士選んだんだ?」  リュウヤは画面を操作しながら、タクマに訊ねる。 「取り敢えず、世代ぶっ刺さりの三零王(さんれいおう)にした。」 「タクータス、お前もか!」  リュウヤはいつものノリでそんな事を言う。  それに対してどう答えれば良いか困惑しながらも、タクマは「あぁ」と応え、チュートリアルに入る。  だが、まだ三零王が姿を表すまでもなく、無慈悲に授業再開10分前のチャイムが、生徒達を急かすように鳴り響く。  そしてそれから、午後の授業も帰りのHRも終わり、タクマ達は校門を出た。 「それじゃ、また夜な~!」  リュウヤの声に「また夜~!」とタクマは返す。  タクマはまたいつものように薬局を素通りし、近道の公園に来た。  すると、砂場で一人の子供の泣き声が聞こえてくる。タクマが「どうかしたか?」と聞くと、その子供は三零王に登場するアイテム「白虎小判」を無くしてしまったらしい。 「よし、兄ちゃんが探してやっから元気出しな」  そう言ってタクマは子供と一緒に探し始めた。  探してから10分後、タクマはブランコの下に落ちていたのを見つけた。 「はい、もう無くすんじゃないぞ」 「兄ちゃんありがとう!」  タクマは白虎小判を返し、公園の階段を降りようとした時だった。  ドンっ。  何者かに勢いよく突き落とされた。  何とか振り返って突き落とした奴の顔を見ると、そこには、学校で有名な「鬼瓦組」の取り巻き不良の一人である男が居た。  だが、それに気付たとしてもこの運命は変わらない。  ゴドっ、と鈍く痛々しい音が聞こえたのを最後に、タクマの目の前は真っ暗になってしまった。
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