私が歩くのを止める日

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 *  夕暮れの川にはそよ風が吹いている。  季節はもうわからない。  それが心地よいのか、それとも身を切るように冷たいものなのか私には理解できなかった。   「もう大丈夫だ」  彼はそんな状況なのにビックリするほど優しく、私の耳元で囁いた。  大丈夫なはずがない。  彼を傷つけたく無いのに、私の体は何一ついう事を聞かない。  このままじゃ私は彼を……。  言葉にできないほど恐ろしい事が起こってしまう。  暴れる体を私はどうにもできない。  足だけは前を向いて歩き続ける。  だからその力に任せて、私は彼に強く体当たりをした。  彼は低い欄干に太股を打ち、バランスを崩した。あの優しく愛しい瞳からはたくさんの涙が溢れている。  そして彼はその川へと真っ逆さまに落ちていった。  大きな水音に驚いて、白鷺が飛び去っていく。  ごめんね、湊人。  初めて見た彼の泣き顔だった。  そんな顔でもいいから、私はずっと覚えていたかった。  仕方なく、たとえ一瞬でもいいからと、傷つき血まみれになった胸に刻みつける。    もう二度とあなたを忘れない。
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