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逢瀬橋
S県F市。市街地から路線バスを乗り継いで半刻ほど。木々が鬱蒼と茂る獣道を行くと、その橋は見えてくる。逢瀬橋と呼ばれている橋だ。正式な名称はたしか、逢魔ヶ橋。
通称と真逆の名前じゃないか。恭介からこの橋の話を聞かされた時に私が抱いた感想はそんなものだった。たしか、去年の暮れに二人でスキーに行った帰りの車でのことだったはず。
「随分と古い橋らしくてさ、昔は街灯もロクになかったから夕暮れを過ぎると真っ暗。それで人気もないわけだから、妖怪だとかそういう類のものが出るって噂だったみたいだよ。だから逢魔ヶ橋」
ありがちな話だった。そこまでなら。
「でも、今じゃ正反対の噂が広がってるんだって。なんでも、その橋に行くと死別した人に会えるんだってさ」
片手でハンドルを器用に操作しながら恭介は言った。運転中、手が空いている側の肩が少し上がるのが恭介の癖だった。
「ふーん。だから逢瀬橋ってこと?」
「そ」と恭介は小さく頷く。
「でも、誰彼かまわず会えるわけじゃなくてさ。まず、亡くなってから49日以内じゃないと会えない。それ以上経つと、多分向こう側の世界に行っちゃうからって理由だと思う。あまり現世に未練を残していると成仏できなくなるとも言うからね」
そういうものなのか、と頷いてはいたものの私はぴんとこない。死んだ後のことだからだろうか。そもそも死んだら人はどうなるんだろう、とぼんやり考えていた。
「そして何より、互いに想い合った二人でないと会えないらしいよ。しかも会えるのは一度っきり」
「あー、そういう設定、あると思った」
設定、なんて言葉であの時は茶化してしまった。
今では、その言葉が真実であることを心から願っている私がいる。会いたい。恭介に。もう一度、もう一度だけでいいから。
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