「寄る」

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ふと視線を感じて……目をやると、越智さんが黙ってこっちを見てた。 どーも、と頭を下げると「そーぞーと違った」ってぼそっと言う。 「何が?」 「全体的に。色々。あ、合ってるとこもある」 「なんのこっちゃ分かりませんけど」 割合、初対面の時の印象って当たる方。越智さんも多分気が合う人だろうなって思ってたけど、喋り出したその一言二言で、その印象が間違いないのを確信した。 ちらりと高校生組に目を走らせたその具合で、『今は話せない』って感じも分かる。不思議だよね、今日初めて会ったのに。 「何してるヒト?」 「あ、芝居です。劇団で」 「へ~……」 「越智さんは?」 「絵、描いてる」 「へぇ……周りにはいないなぁ」 不思議な視線だった。なんか奥まで見透かされてるような……でもそれは嫌な感じじゃなくて、こう……自分は自分のままでいいって思わせるっていうか……んー我ながら変なこと言ってる。 いつの間にか隣の2人がお喋りをやめてこっちを見てて、俺は瑞希に目をやった。 「えっ ううん、何でもないの。おーちゃんと喋ってる~って思っただけ」 にこにこ笑うその顔からストレートな嬉しさが伝わってくる。 分かんなくもないよ。なんか俺らの関係を知られてて、受け入れられてて、こうして過ごしてること自体がまぁ結構すごいことだよね。 しーちゃんに目をやれば、少し慌てたみたいに笑って会釈をしてさ。なんかこう……悪戯心をくすぐる可愛さがあるよね。この子。 「しーちゃん。すんごい顔に出てるんですけど。これが瑞希の彼氏かぁって」 少し声を落してそう言ったら、そりゃあ泡食った顔をして「あ……っあのっすみません……」って……あははは、やっぱ可愛い。 「お待たせしました。今日のおすすめです」 オーナーさんが静かに現れて、持ってきた二つのトレーを越智さんとしーちゃんの前に置いた。 ギリギリ一口サイズのミニタルトが皿の上に3つ。 一つはブルーベリー。もう一つは伊予柑。ど真ん中の粉糖がかかったイチゴのには、小さい金色の扇が飾られてて正月って感じを演出してる。 「うまそぉ!」 しーちゃんは、実物を目の前にしてちょっと元気が出たみたい。ど真ん中のイチゴのを手に取ると、金の扇を指で摘まみ取って一口でぱくっと食べた。 もぐもぐもぐもぐ咀嚼して、にこって笑って……美味しいものは人を元気づけるってほんとだね。
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