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哲郎を殺そうとした想いは、我ながら凄まじい狂気のはずだったのに、かすり傷で済んでしまっては、笑い話にしかならない。痒みどころか、すでに傷跡も癒えている。人を殺すためのナイフの持ち方も知らない素人だとは、加藤からも散々笑われたものだ。
「で、でもわたしは……っ」
「お前は何をしでかすかわからない。それはお前の持つ抑圧されていた感情だ。それともう一つ。元々あったお前の資質だろうよ。おそらくは性質の悪い。いったい誰に似たのか」
「澪に……、似ていますか?」
呟くように問えば、「そうだな」と呟き返してそれっきり。続く言葉を待ってみたけれど、規則正しい鼓動が聞こえるばかりだ。
否定も肯定もしない。それが答えだと。
長い沈黙のまま、睡魔に身を任す。情後の気だるさが夢を誘う。
澪は今、どこにいて、誰の胸に頬を寄せているだろう。
哲郎に似た男だろうか。
それとももっと別の……。
「わたしはどれくらい澪に、似ているのでしょう」
答えを求めない程度の囁きは、哲郎に届いたかどうかもわからない。そんなため息の問いかけに哲郎は、「まるで血が繋がっているように」と、ため息で答えた。
血。
血脈。
受け継がれる遺伝。
人を形作る60兆もの細胞。
その一つ一つに小さく折りたたまれている遺伝子。
それは人生の設計図。
肉体の快楽に溺れる佳澄を憐みながら、澤田は言った。体の隅々に関わる遺伝子は、心をもつかさどると。
快楽の遺伝子。
のたうちまわっても手に入れたい心。
澪も、そんな想いに狂っただろうか。
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