独占欲

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独占欲

 雨上がりの夕焼け空に染まるリビングの床に、ミミズが這ったかのようないびつな文字が目に入った。  彼が一生懸命書いたであろう真っ赤な文字は私の名前が記されており、愛しさに胸を締め付けられる。 彼が必死の思いで書いたものを一瞬で消すには忍びなく、ポケットに入れていたガーゼハンカチを文字の上にそっと置く。書いてまなしの文字は、瞬く間に薄紅色のガーゼハンカチにじんわりと染み込んでゆく。その様はまるで私の心を満たしてくれているようだ。  元よりいびつな文字は、にじんで更にいびつになってしまったが、それでも私は構わない。浮かび上がった文字に思わず笑みが漏れる。  私はそれをそっと手に取り、傍らに寝転ぶ彼にそっと口付ける。口付けをしても起きることのない彼の頭を撫で指に髪を絡ませる。 床の文字に彼の手を取り文字をなぞる。丁寧になぞって別の文字を書き足し、更に自分の指を切り模様を描き、満足感に充たされた私は綺麗に痕跡を残さずに消す。  窓から差し込む光は朱色から淡い白色へ、空はすっかり群青色へ。 これから二人で誰も知り合いのいない遠くへ行くの。遠く、遠く、うんと遠い場所で二人で一つになるって決めたから。  貴方は私のモノ。貴方を愛していいのも私だけ、他の誰にも渡さない。彼の耳元で優しく呟く。  私はスーツケースに彼を詰め込む。身体の大きな彼はそのままでは入れないから小分けにして連れて行く。  真っ暗な空に真っ暗な部屋、照明は月明かりだけ。それでも見上げたお月さまがキレイで旅支度に全く支障はない。  そうこうしている間にすっかり乾いたガーゼハンカチを優しく手の中で包みこむ。これは持って行こう、彼が死ぬ間際まで私を見ていた証拠だもの。  ずっしりと重い彼を抱えて外に停めていた車に乗せ、鍵をかけ最後に冷たく静けさの残る彼の家に暖かく明るい火を灯すとパチリパチリと静かに燃えてゆく。  私達はゆっくりと立ち上がってゆく真っ赤な炎を背にどこか遠い夜の闇へと車を走らせる……。  肌寒い雨の湿り気が高揚し火照る身体に妙に心地いい。  助手席に積んだ彼をゆっくり撫で、『月がキレイね』と小さく微笑み、遠い、遠い、誰も知らない場所を目指して車を走らせる……。  誰かが通報したのか、けたたましいサイレンの音が幾度となく私達とすれ違って行く。 さあ、何処へ行こうかな。 何処だっていい。 貴方と一つになる為ならば……。 fin.  
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