パンは温めて食べると美味しい

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 四つ年上の姉の絵梨。よく笑い、両親に愛された彼女は二十歳になった今も知能は小学生レベルのままだ。いわゆる知的障害──というやつだ。  絵梨は頭だけでなく運動神経も悪い。鈍くさい。いつも俺の後を追いかけてこようとして転んだ。それなのに弟である俺に何かと世話をしようとし、幼き頃は手を繋ぎたがっていた。それを鬱陶しく感じ振り払ったのは、俺が小学校三年生で絵梨は中学生の頃だった。 「え、俺が迎えに行くの?」 「そう。お母さん夕食作りで忙しいし」  帰省した翌日の月曜日、母さんは作業所に勤める絵梨への迎えを俺に頼んできた。  近所の作業所でパン作りをしている絵梨を、母さんは近頃毎日送り迎えしているらしい。軽度障害なのだから絵梨は近所でなら一人でも歩けるはずだし、実際一人で通っていたはずだったが、最近は変質者や痴漢が多くなったからということで始めたようだ。心配性な母さんらしい。 「お願い卓也。あなたの好きなビーフシチューとポテトサラダ、たくさん用意しておくから」  嫌だと言いたかった。でも、俺は母さんの前では良い子になろうとしてしまう。 「わかったよ。仕方ないな」  昔からインプットされた枷にまだ捕らわれていることを再確認して、心の中が小さく軋む。
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