パンは温めて食べると美味しい

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 実家に四ヶ月ぶりに帰省したら、姉が作ったというパンが待ち受けていた。四つ入りの真っ白いマシュマロのような米粉パン。透明ビニール袋に入れられ赤い針金リボンを結わったそれは、凛々しくダイニングテーブルに置かれていた。 「絵梨(えり)が職場で作ってるのよ。すごいわよねぇ」  母さんが紅茶をキッチンから運んできながら、まるで俺が同意することが当たり前のようにそう言ったので、期待に応えて「すごいじゃん」と呟いた。  クレーンゲームみたく人差し指と親指でパン袋をつまんで揺らしてみる。カサカサ、中でパンが揺れた。その袋を挟んだ向こう側には姉の絵梨がいて、俺にニコニコとおたふくのような笑みを浮かべていた。 「たっくん、食べる?」絵梨が言った。 「……いや、腹減ってないから」 「そっか。あのね、あとで温めて食べても美味しいからね。パンはね、温めるととても美味しいの」  俺の返答に気落ちすることなく絵梨は微笑み、重要事項だと言わんばかりに熱弁する。俺はそんな彼女から視線を外して、あてもなく部屋を見渡した。  三月末に巣立った実家は夏仕様に模様替えされていた。ダイニングから続くリビングには団欒用のソファとローテーブルがあり、テレビ台の横には本棚と写真立て。壁には幼き頃の俺と絵梨が一緒に描いた絵が、額縁に入れられまだ飾られていた。俺は池と魚を、絵梨は花々を。あれはいつまで飾られるのだろうか──。 「寮生活はどうだ、卓也。友達はできたか」  俺の隣に座っていた父さんが、紅茶に砂糖を落としつつ近況を聞いてきた。 「ぼちぼち。気の合うやつもそこそこいるよ」  そこで向かいの絵梨が「ぼちぼち、そこそこ。ぼちぼち、そこそこ」と何やら笑って歌いだした。斜め前に座った母さんはクッキーボックスをテーブル中央に置きながら「でもびっくりしたわよ、寮付きの学校へ行くって言った時は」と父さんの話題を繋げた。 「だって高校なんて、ここらへん少ないし。あそこのカリキュラム受けたかったんだよ」  俺は何度も繰り返した言い訳をのべる。本音と建前、使い分け始めたのはいつからだったろうか。 「でも一番近くのところでも、十分な偏差値だったのに」 「まあまあ母さん。卓也もこうして無事に学校生活を送れているんだし、いいじゃないか」  父さんが過熱しそうになる母さんを宥めてくれたので、ホッとする。その口からするりと、本音の欠片がこぼれ落ちた。 「もともと早めに一人暮らししようと思ってたし。その練習」  俺の言葉に両親は小さく苦笑し、絵梨は「もともと、もともと」と何が可笑しいのか笑った。ああ────いらつく。  その時テーブルに置いていたスマホが、メッセージ受信の音を響かせた。通知を確認するとルームメイトの山本からだった。 『よ、実家どう? 楽しんでる? 俺は弟どもがうるさくて部屋に避難した!』  四人兄弟の長男という山本のひょうきん顔が浮かんで、思わず笑う。 「あら、どうしたの?」 「友達から。あっちも帰省してるってさ」 「そう」  俺に友達がいたことに安堵したかのように、母さんは微笑んだ。それを尻目に山本への返信文を打つ。 『大変そうだな。こっちは今着いて、おやつ中。一人っ子最高!』  家族の輪の中、その文を送信した。
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