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1.ハニーが子供になったかもしれない。
「くましゃん!」
子供の声がする。
「くましゃん!!」
甲高い子供の声だ。幼児だな。
テレビでもつけていただろうか。
「ハニー……珍しいな……テレビを見ているのか?」
ドラマか? 子供番組? どちらにせよハニーは寝室のテレビを自らつけるなんてことはしない。テレビ自体それほど見ないのだから。
寝起きで目を閉じたまま考えられるのはこのくらいのことだった。ハニーは何も答えてはくれない。代わりに何度も「くましゃんおきてぇ」と幼い子供の声とゆらゆらと力なく肩辺りを押される感触がある。
「くましゃん」
なんだ……そのくましゃんとは俺のことなのだろうか。まぁハニーにクマみたいだと言われることはあるがな。
「うん……」
薄ら目を開ける。遮光カーテンで薄暗い部屋の中に、テレビの明るさなどはなかった。人影が見える。目の前に見える。
「くましゃんっ!」
目を開けた俺の前で子供が嬉しそうに笑っている。大きな瞳、黒いフワフワした髪の毛、黄色人種。2歳か3歳くらいに見える。
「は……っ?」
肝が冷えて一気に目が覚めた。見知らぬ子供が家の中にいる。上半身だけガッと起き上がると、子供と俺との体格差が明確だった。見下ろした先の子供は、ぽっこりと膨れた幼児の腹をそのままに、素っ裸で軽く首を傾げながら俺を顔を見上げている。
「誰だっ、なんでこんなところに子供が!?」
そして気づいた。妻がいない。愛する妻が。
「ハニー? ハニーどこにいる!」
大慌てでキョロキョロするもののその姿はどこにもない。
「くましゃんおっきしたあ!」
元気いっぱいの子供の声が寝起きの頭に突き刺さる。くましゃんとは俺のことらしい。
そこで気づいた。ベッドの上にペッタリと座る子供の膝のあたりに、キラリと光る丸いものがあることに。
「えっ」
確信と見覚えがあって、パッと手に取る。
間違いない。俺が別荘で手作りし、妻に贈った指輪だ。
「あぁんー、めぇ〜!」
子供はそれを欲しがるように、ぐずりながら俺に手を伸ばしてくる。立ち上がって両手を伸ばしてきたところで、俺が手を上に上げてしまえば全く届かない。
子供の体には黒い痣のようなものが腕を中心に何箇所も見られた。見慣れた模様。
「……ハニー……?」
見慣れたどころの話じゃない! 妻だ。妻の刺青の模様だ!
子供を抱き上げて背中を見る。肩甲骨に龍の顔が描かれていた。妻と同じだ。
「でも龍の顔がアニメーションのように可愛らしい……」
子供仕様なのか……。変に納得しそうになったところで首を横に振る。
限りなく妻に近い子供だ。
「ハニー、なのか?」
我ながら馬鹿みたいなことを子供に向かって尋ねていた。子供は親指をしゃぶりながら、反対に首を傾げている。まんまるい目をむけてきて、ハニーと言われたところでわからないという顔をしている。
軽く咳払いして、名前を呼んでみた。
すると子供目を輝かせて、はぁい!と大きく手を上げた。
「…………そんな」
まさか。
この子供はハニーなのか……? 寝起き一番混乱しかない今、子供は無邪気に俺の膝の上に座ってくるのだった。
「くましゃんおなかすいたー」
つづく
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