飯田 由加理

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翌日から虐めが始まった。首謀者は私、そして取り巻きである和佳子と栞菜。 私の命令で何でもやった。 最初の内は軽いものだった。教科書にイタズラ書きしたり、破いたり。 靴に虫の死骸を入れてみたり。 でも塚田杏子は全くと言っていい程無反応だった。 私にはそれがまた気に入らなかった。 どこか哀れみを含む視線を私に向けるだけで、先生にも言い付ける事はしなかった。 「あなたとは違う」そう言っている様に思えて、私のイライラは更に増していき、あの事故は起きた。 ・・・・・。 ・・・・・・・。 意識がはっきりしてきた。 顔に風が当たる。 その冷たさに体がぎゅっと強張るのがわかる。 さっきまでトイレだったはずなのに、気づくと、屋上にいた。 座り込んでいる私の視線の先に、屋上の柵の手摺に寄りかかる塚田杏子が見える。 その視線はとても冷たく、あの時みたいにまた私を侮蔑しているかの様な目をしている。 「飯田由加理。ここ、覚えてる?」 初めて彼女から話しかけられた気がする。 忘れるわけはない。ここは、彼女が飛び降りた場所だから。 あの日、私は彼女が肌身離さず持っているあのノートを手に入れた。 そこに書かれていたのは、一人の少女が異国の地で生きるために過酷な試練を受けながら、逞しく成長していく物語の様だった。 こんなもののせいで、私に目をつけられたのかと思うとえらく同情した。 こんな、くだらないものに、どれ程の価値があると言うのだろうか。 そして、私は彼女をこのノートで呼び出した。 面白かった。兎に角必死な彼女が。 いつも全く無反応だった彼女が、このくだらないノートの為に必死で私に返してくれと訴えた。 その時私は、この姿が見たかったのだと自然に笑みになったし、心から愉快だった。 それでも簡単に返したくはなくて、ヒラヒラと手摺の外に泳がして、落とす素振りを見せた。 彼女はそれを阻止しようと突進してきた。 体を突き飛ばされた拍子に、私の手からノートが落ちた。 「あっ。」 思わず声が漏れた時には、塚田杏子の体は手摺を乗り越え宙に舞っていた。 数秒遅れで、ドスンと音がした。心臓が跳ね上がるくらいに響いて、耳にこびりつく嫌な音。 下はまだ水の張られていないプールがあって、私は恐る恐る柵へ近づいた。 上からでもわかる位に塚田杏子の落ちた周りに真っ赤な血が広がっている。 これは事故。 事故なんだ。 私は、悪くない。 あの子が勝手に飛び降りたんだ。 その後、塚田杏子の事は虐めを病んだ自殺とされた。 死人が出たことで、流石に親も庇いきれず転校を余儀なくされた。 そこからは私は周りが驚く位大人しくなった。 勉強をし、大学まで行き、それなりの相手と結婚して、子供を産み、孫を抱き、幸せな人生を送った。 ・・・・じゃあ、なんで今頃、こんな夢を見ているんだろう。忘れてしまいたい過去なのに。私は死んだのではないのか?
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