21.牢と幽霊

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21.牢と幽霊

 「罪状は追って伝える。それまでは拘束させてもらう」  その言葉でカティアは牢に押しやられた。牢といっても、戦場で捕まえた捕虜用に作ってある簡易的な牢だ。以前の人々の住処を改良したもので、その周りを衛兵たちが監視している。  カティアはそれで初めて、国に所属する弱者の気持ちが分かった気がした。今までカティアは魔女というだけで守られていた。それだけで丁重に持て成されていた。怖がられていてもそれが守りだと実感していたつもりだった。  しかしここまで悪意をぶつけられたのは初めてだ。カティアが魔女ということは、ここでは何の意味をなさない。むしろ魔女だからこそ、ここの衛兵たちの反感を買っている気がした。カティアはその視線や罵声にただ黙っているしかない。  カティアも最初から言われっぱなしなわけではなかった。当初魔女を裁くには魔女結社の許可がいると伝えたが、それは全て黙殺された。  しかし思ったよりも自分が捕まるのが早かったことに苦笑が漏れる。どちらかといえば魔女の権利をはく奪される方が早いと思っていた。カティアが秘薬を自分の目で確認せずに患者に投与したことで、魔女ではなくなってしまってから、王への反逆罪で捕まるというのがカティアの予想だった。  いやもしかしたらもう魔女ではないのかもしれない。自分の元へ魔女としての権利をはく奪するという書状が届いていないだけの可能性もある。  しかしカティアはいまだにローブを身に着けている。このローブを返還して正真正銘ただの人になるのが、魔女の決まりだ。カティアはどちらにしろ魔女の戒律を破ったのだから、このローブを着る権利はもうないのである。それにこのローブを着ていたらあからさまに魔女であると言っているようなものだ。それでは品行方正に魔女として活動している人々に誤解が生じる。  カティアは震える手でローブを脱いだ。  けれどもそれを抜きにしても、今の自分の現状には自嘲するしかない。なぜなら自分が屍人薬(ゾンビパウダー)を盛ったことになっているのだから。おとぎ話に出てくるような魔女の末路そのものではないか。ある意味味方である魔女の戒律を破った自分にはお似合いだろう。  しかし心配なのは、ジェムラト村の人々だ。悪い魔女を匿ったとして虐げられていないか心配だ。それだけは避けたかった。カティアは自分が罰を受けることで人々に危害が加わらないように村を後にしたつもりだが、この衛兵たちの様子ではそれが功を奏しているかどうか分からなかった。 *  カティアは自分が捕まってしまった時のことを思い返す。  村を出ていこうと用意していた時だった。といっても荷物をまとめるだけだ。そして念入りに掃除をして、自分の痕跡を跡形もなく無くそうと思っていた。こういうことは悩んでいるとよくない。そう思い早々と出るつもりだった。それにここにいれば、彼の痕跡を探してしまいそうな自分が怖かった。  もう彼はどこにも居ないのだ。そんな人に心を囚われそうになっているのは危険だ。それに魔女は特定の人に心を許さないからこそ活躍できる側面もある。しかも囚われそうになっている対象は生者ではない。それは一番危ないことだ。  カティアはある意味、魔女の戒律を破るよりもいけない禁忌を犯した気がした。大魔女が処罰してくれるのなら、それが一番よかった。しかしそれも許されないのなら……  カティアがローブの裾を握ったその時、ふと我に返り外が騒がしいと感じた。カティアはローブを目深にかぶり外に出た。  「何かあったの?」  「ま、魔女様」  村人達がカティアの姿をみて、皆一様に反応した。うろたえるようなものや、視線を逸らすもの。すこし喜色が浮かんでいるものもいた。しかしそのどれもが、普段とは違って異様だ。  「やはりお前がこのジェムラト村の魔女だったか」  「貴方たちは……」  そこにいたのはカティアが月香樹蘭を採取した時、言いがかりをつけてきた衛兵たちだった。カティアは思ったより早かったと内心苦笑した。  「貴方たちの目的は私なのですね?」    カティアは静かに丁寧にいった。この場にいるもの達に全て聞かせるように意識しながらだ。  「罪を認めたのだな!」  「罪ですって?」  「お前が我が国民を異様な薬で操っていたという調べが出ている!」  そう片手で召喚状のようなものを出される。しかしカティアは冷静だった。  「その召喚状はドルアーゴ国民にしか通用しない筈です。私は魔女ですから」  「しかしもうその証拠は出ているのだ!」  カティアはそれだけで連行できると思っている衛兵にため息を吐いた。権力で脅せば人はいうことをきくと勘違いしているのだろう。  「魔女は魔女結社の所属です。私が貴方たちの国の人々を脅かしていたとしても、貴方の国の法では裁けません」  「魔女様……魔女様はそのようなことなさっていらっしゃったのですか?」  村長の息子が代表するかのように村人たちの声を代弁した。しかしここで何を言っても無駄だろうということは、カティアにはよく分かっていた。  それにこの村を巻き込むわけにはいかない。カティアは罪を着せられようとしていることは予想外だったが、どちらにしろドルアーゴ国の方針に盾突いたことには変わりない。その中身がどうであれ結末は同じだ。なら被害が少ない方がいい。なぜならカティアは人を救いたくて秘薬を作ったのだ。魔女を止めることになったとしても、別に構わない。  「今まで世話になったわね、次の魔女ももうすぐ来るでしょう」  「魔女様……」  「私の罪状と村人たちは関係ありません。それを了承してくださるのでしたら、お話をさせて頂くことに異存はありません」  この村はドルアーゴ国の傘下には入っていない。しかし力が弱いことには変わりない。ここでカティアがはっきり関係ないことを表明しなければ、巻き込まれる確率が高くなるのだ。  「言われるまでもない」  カティアは自分の意思で一歩を踏み出したのだった。 *  そんなカティアの回想を終わらせるかのように、外が騒がしくなった。困惑と驚きが混じったざわざわとした声がカティアの元へも届く。意外な来客に戸惑うようなその声に、カティアの心臓もざわめいた。  カティアが拘束されている扉が開く。そこにいたのは幽霊(ゴースト)だった。
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