01.魔女カティアと村人

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01.魔女カティアと村人

    貴方達しっかり育ってちょうだいね。もっともっと生長できるはずよ。カティアは薬草達と会話していた。     自分で作った薬草園の子達に水をたっぷりあげるのがカティアの日課だ。朝は一番彼らが生き生きとしている。この生命力を感じることで自分も勇気づけられる。カティアはしみじみそう思っている。     彼らとの会話を十分にした後は朝食だ。自家製の薬草入りパンをかまどの余熱で温め、スープと一緒に味わう。この時自分が生かされていることに感謝の意を捧げる。     時間がたったために昨日よりも味が馴染み、かまどの余熱で温めたために、表面がカリッとしたパンを両手でちぎる。すると薬草の生き生きとした温かな香りが辺りを漂う。それがカティアの幸せだった。     カティアは朝食を食べ終え、パンを焼くことにした。これを村人達に売るのだ。といっても金銭ではなく野菜などと交換することになるだろう。いまは秋のため、体内の乾燥を防ぐための薬草をたっぷり練りこんである。少しでも彼らの健康の補助になればいい。カティアはそんな願いを込めパンを焼き続けた。     パンを焼き終え少し休んでいた時、チリンチリンと呼び鈴が鳴った。カティアは魔女の象徴とも言うべき、闇を溶かし込んだようなローブを身にまといフードをかぶることも忘れず、玄関の戸口に向かい扉を開けた。    「どうしたの?」    「魔女様、おはようごぜえます。お忙しい所申し訳ございませんが、薬が切れちまったもんでして」     そこにいたのはこのジェムラト村の老人だ。彼はよくカティアの薬を使ってくれている、いわゆる常連さんだ。     「薬瓶は?」     「へい、こちらに」     「そう、なら大丈夫ね。上がって待ってなさい、戸口は寒いでしょう?」     このカティアの言葉に、村人はビクッと背中を揺らした。    「いえ、あっしはここで大丈夫ですんで」    「……そう、なら待ってなさい」     カティアは薬瓶を持って作業場へ向かう。戸を開けるとさまざまな薬草が混じった香りがカティアを出迎える。カティアは老人の様子を思い出しながら、作業台とセットになっている棚から、以前渡した薬のレシピを取り出した。     老人は肌が乾燥していた。少しでも水分が残りやすい効能のものと体を温めるものも足したほうが良さそうだ。カティアは秋口用とレシピの下に新しく書き込み、足す予定の薬草を書き入れ調合を始めた。  よく作る薬の材料は、すぐに使える段階まで準備している。カティアは小さな窯を用意し、底を火で温め窯の中に蜜蝋と植物油を投げ入れる。その間に秋口のため増やす薬草を測っておく。完全に蜜蝋が溶けて植物油と混ぜあったのを確認した後、調合する薬草を中に入れた。      カティアは老人が良くなるようにと丹念に油と薬草が馴染むように、ガラス棒で混ぜ合わせ、薬草の色が生き生きとしたのを見逃さず窯を火から下ろした。薬瓶にまだ温かい液体状の軟膏を注ぎ入れ、今日の日付をレシピに書き込む。そうすればどのくらいの日数で無くなるのか目星がつく。 軟膏が固まったのを確認したあと、カティアは戸口へ行く前に台所へ行き、パンを二、三個籠に投げ入れ、薬瓶もそこに入れた。    「待たせたわね、これが軟膏よ」    「いえ、待ってはおりませんので」     そういった老人の手は震えていた。別に今は日中で風も吹いておらず寒くはない。カティアはすぐさま薬瓶を渡しパンも入っていることを伝え、固辞する老人をなだめすかし野菜を交換して帰した。  ……いつやってもこの応対が苦手だ。カティアは思わずため息を漏らす。このジェムラト村は国と国の境にある小さな村だ。どちらにも属していない。  そのためか村人は外部の者に警戒心が強い。カティアも警戒されている。いや怯えているといった方が正しいだろう。しかしそれも致し方ないのかもしれない。カティアは魔女なのだから。  カティアは幼いころ流行病(はやりやまい)で家族を失い、物乞いをしていたところを魔女に拾われた。そして魔女としての修行が一段落した時、ここの薬師が引退したいと言っているという話を聞き、カティアがその後を引き継いだ。普通あまりそういうことはないのだが、その薬師が魔女たちと薬草のやり取りをしていたため、新米のカティアに白羽の矢が立ったのである。  カティアはパンから粗熱が取れてきたのを確認し、パンやよく使いそうな薬を籠に入れ、村中に配って歩くことにした。こうすることで、まだ発見されていない病気になりそうな兆しを取り除くこともできる。カティアは自分を守るかのように闇色のローブのフードで顔を隠し、外に出た。  カティアは自分に、痛いほどの視線が突き刺さっていることに気づかないふりをして、パンを運んで村人の体調を見て回った。ぎこちなく笑う村人や、時折ひそひそとを見ながら、子供を守るように隠していた家族の姿にカティアの胸が痛む。  しかしこれも致し方ない。今は戦争が終わってやっと五年たったばかり。完全に平定したというわけでもない。まだ情勢は不安定なのだ。このジェムラト村は国境にあるせいか、ある種の防波堤の役割を果たしたようで、戦火の渦に巻き込まれることはなかった。  しかし、それこそが村人の精神に支障をきたしたのではないか。とカティアは踏んでいる。いつかここも戦場になってしまうかもしれないという疑心暗鬼は、この村の人々の心を蝕んだ。そして時折来る旅商人たちの率直な言葉が、それに拍車をかけていった。  この村はさっきいた村よりも活気があっていいねぇ! といった言葉が、外部の人間から入る度に届いてしまう。それが自分たちは安全地帯にいるという罪悪感を生んでいった。カティアはまたここにきて半年ほどなので、ただの憶測でしかないのだが。  しかしカティアには薬草から薬を作り出すことしか出来ない。カティアは魔女といっても新米で、薬草の知識には多少覚えがあるが、それ以外はからっきしだった。  時折他の魔女からこれじゃただの薬師じゃない! とか、ビルギッタと足して二で割ったらちょうどいいのに、と思われていることも承知していた。ちなみにビルギッタというのは姉弟子だ。カティアとは違って占術が得意だ。カティアが生活をおろそかにするほど過集中気味のため、色々と世話を焼いてくれた。  ここではカティアの唯一の美点である、薬草の知識がちゃんと身についているかの試験も兼ねている。ここでの試験が終わったら、また修行の日々が待っているのだ。  いまは人の心配じゃなくて、自分の心配よね……カティアは気持ちを切り替えるように頬を叩くと、その音に引き込まれたかのように、チリンチリンと戸口の鈴が鳴った。その鈴の主は郵便だった。カティアがサインをすると、郵便屋も風のように去っていく。カティアは再び胸が痛むのを無視しながら、その宛名を見る。  ……この偽名は隠れ魔女たちの情報網に何かが引っ掛かったことを意味するものだ。カティアは戸口の鍵を閉め、作業場に向かう。そこの鍵を閉めると、ペーパーナイフで封を切った。  その文面は離れたところに暮らしている姉妹に当てたものだった。普通ならそう読むだろう。しかしそうではないことはよく知っている。カティアはその手紙を裏返し、蝋燭の火であぶった。すると文面が滲み、魔女の中でしか流通していない文字が浮かび上がる。  手紙には、このジェムラト村を揺るがすであろう内容がかかれていた。  そこにはこの村境のドルアーゴ国で民達が失踪している。しかもそれはドルアーゴ国王が主導しているだろうとのことだった。この失踪扱いになった民達は、屍人薬(ゾンビパウダー)屍人(ゾンビ)状態にされ国の施設で強制的に働かされていると言う。  これはその国に住む隠れ魔女達が、つぶさに情報を集め命の危機を感じながら集めてくれた情報だろう。魔女と公表している者では、ここまで詳しい情報を集めることはできない。魔女達はその出自から、土着の民達にはよく思われていない。  その先にも目を通すと、この件に関しては決して関わらないようにとあった。それは屍人薬(ゾンビパウダー)の精製が出来る者はごく少数で、魔女に濡れ衣を着せられる可能性があるためだ。この不安定な情勢では、異質な者にそのしわ寄せが行ってしまう。それを防ぐには早々に情報を仕入れ、言動に注意するしかない。  カティアはその手紙に眉根を寄せ、しばらく眺め続けていた。
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