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「そういえば相澤先生って昨日も一昨日もどこにいたんですか?」
「あー……病院。」
笑っていた相澤先生が急に真剣な顔付きになった。
もしかしてどこか悪いのだろうか……
「う〜ん…俺じゃなくて……親父。」
「相澤先生のお父さん病気なんですか?」
あれ?相澤先生のお父さんて……桐生会の組長だよね。
相澤先生って、ヤクザの家とは縁を切ったんじゃなかったの?!
相澤先生のお父さんは今私達の目の前にある総合病院に入院しているのだという。
関西在中なのに、なぜこんな離れた土地の病院に?
しかも相澤先生が住んでる目と鼻の先にって……
「俺もビビった。家を出てから10年間、なんの音沙汰もなかったんだからな……」
最近になって桐生会の組員が相澤先生の元を訪れ、オヤジさんに手術をするように説得してくれないかと頼まれたのだという。
詳しい病名はわからないのだが、手術をしなきゃ治らないのにずっと拒否をし続けているらしい……
相澤先生は会いたくないと言って一度は断った。
でも、今回ネットで騒がれて変な奴らに付け回され、病院なら身を隠すには最適だと思って尋ねたらしい……
「結局親父に会う決心はつかなくてさ。待合室のロビーにずっと座ってただけ。もう行くことはないかな。」
そう言って相澤先生は両手を上げて大きく伸びをした。
相澤先生が気持ちを誤魔化す時によくやる癖だ。
本当は会って話がしたかったんじゃないのだろうか……
並木道にあるベンチに目がいった。
あの日座っていたおじいさんの姿が不意に思い浮かんだ。
胸がザワザワと騒ぎ出す……
─────まさか………
「……相澤先生のお父さんて、ご高齢の方ですか?」
「うん?まあ48の時に俺が生まれたからな。」
「白髪でオールバック?杖って持ってます?」
「さあ。もう10年会ってないし、いつも着物きてたくらいしか……なんでそんなこと聞くんだ?」
笑った時のあのえくぼの出た顔が、相澤先生とソックリだった……
間違いない、あのおじいさんは──────
「私がここで会ったおじいさん…相澤先生のお父さんだったと思います。」
相澤先生も私が以前した話を思い出したのか、一瞬目をパッと見開いたあとに深いため息を付いた。
「あんのクソ親父……」
相澤先生のお父さんはお母さんが亡くなってからも家に帰ってくることは滅多になく、子供の世話は家政婦に全部任せっきりだったのだという。
たまに会っても相澤先生とは喧嘩ばかりしていて、昔から全然ソリが合わなかったらしい。
最後に相澤先生が出ていった日も大喧嘩をした。
あの事件があって退院したあと、相澤先生は全く見舞いに来なかった父親のいる組事務に乗り込んだ。
そして、自分が上手くいかないのはこの家のせいだと今までの不満を全部ぶちまけたのだ。
でも父親は、甘ったれたことを抜かすからそんな惨めな目に合うのだと冷たく言い放った……
しばらく言い合いになり、そんなに嫌なら出て行けと言われた時に相澤先生の中でブチンとなにかが切れた。
父親をぶん殴り、あんたの子供になんか産まれてくるんじゃなかったと捨て台詞を吐いて家を飛び出たのだ。
それからは父親の援助は一切受けず、堅気である母方の祖父母に養子縁組をしてもらいヤクザとの縁もキッパリと切った。
独学で勉強をして高卒認定試験に合格し、教育免許を取るために奨学金で大学に通ったのだという……
「あっちだって俺みたいな身勝手な息子はいらないだろうよ。」
……そうなのかな……
私はお父さんが入院している病院を見上げた。
そんな風にはとても思えない……
「あのっ相澤先生……」
「この話はもうお終い。早く帰って続きしようぜっ。」
相澤先生は私のことを置いて一人で歩き出した。
重い病気かも知れない。
死んでしまうかも知れない。
二度と会えないかも知れない。
そんなこと……
相澤先生だってわかってるはずなのに──────
私は走って相澤先生まで追いつくと、行く手を両手を広げてせき止めた。
「……マキマキ?」
私が首を突っ込んでいい話ではないとはわかっている。
余計なことはするなと嫌われるかも知れない。
でも……
相澤先生が本当に乗り越えなきゃいけなかったのはあの事件じゃなかったんだ。
今お父さんに会っておかないと……
相澤先生はいつまでたっても過去を思い出しては苦しむことになる───────
「私、お父さんに会った時に聞かれたんです。」
きっとお父さんも、この10年間ずっと苦しんでいたんだ……
「お嬢さんは今、幸せかい?って……」
それはきっと私ではなく……
出ていった息子が
幸せに暮らしているのかどうかを
知りたかったんだ─────………
「……………そうか。」
相澤先生は長い沈黙のあと、それだけ言って目を瞑った。
相澤先生は今なにを思っているのだろう……?
一度は病院には行って会おうかと悩んだんだ。
まだ許せない気持ちはあるのだろうけれど、会えばなにかが変わるかもしれない。
二人は会って話をしなければダメだ─────
「お父さんを説得して手術させるまでは、ヤラせてあげませんから!!」
「はぁああっ?!おまっ……」
なにを…言ってるんだ、私は……!
もっと相澤先生を動かすような心に響くセリフを言わなきゃいけないのにっ。
怒っているのか、困っているのか…微妙な表情をした相澤先生に鼻をつままれてしまった。
「このお節介が。」
「だ、だって……!」
どうしよう。私…一応国語の先生なのに、良い口説き文句がなんにも浮かばないっ!
「……仕方ねえなあ。会いに行ってやるか。」
病院の方へゆっくりと歩き出した相澤先生の服を、後ろから引っ張った。
「え、本当にいいの相澤先生?」
「おまえなあ…会わせたいのか会わせたくないのかどっちなんだよ? とんでもねえもん人質に取りやがって。」
……ですよね。今更ながら恥ずかしくなってきた。
相澤先生は、今度は赤くなった私の頬っぺたをプニっとつまんだ。
「背中押してくれたんだろ?ありがとな。」
おまえも来いと言うので、私も相澤先生の後ろから付いて行った。
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