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プレリュード
――眩しい。
うっすら目を開けると、木々の葉に反射した陽光が瞼に差し込んでいるのだとわかった。眩しいけれど、どこか心地いい光だ。
頬を撫ぜる静かな風はほんのり冷たい。これは、秋の涼しさだ。
おかしいな……今は確か、夏休み前だったはず。急にこんなに涼しくなったら、喉、痛めないか心配だな。
それにしても、私、いつの間に寝転んでいたんだろう。それもこんな屋外で。いくら何でも行儀悪い……ていうか体が痛くなっちゃうじゃないか。
幸い、まだそんなに痛いとかギシギシするとかは感じない。早く起き上がろう――
……
…………
……………………
――あれ?
体が動かない。
視線を右に左に動かしてみる。木の幹が見える。雑草や名前のわからない小さな花も。そこにいる虫も……。
耳を澄ましてみる。風がそよぐ音が聞こえる。木々が風に吹かれて、葉っぱ同士が擦れる音がする。遠くの方で、動物が動くような音が聞こえる。
匂いを嗅いでみる。うん、いかにも植物の中に埋もれているという感じの匂いだ……。
それしか、できない。
見たり、聞いたり、嗅いだりはできる。でも、四肢を動かすことは、どう足掻いても出来ない。そもそも足掻くという行為が、何故かできない。
それに……おかしくないか?
私がいたのは現代日本のまぁまぁ都会の街……。ここまで自然に囲まれた場所なんて、公園にだってなかった。いったい、ここはどこなんだろう? いったい、どうなってしまったんだろう?
そんな疑問でいっぱいの私の耳に、静かな足音が届いた。どこか重い、慎重そうな足取りだ。
足音は私のすぐ近くで止まった。そして――
「ラヴィニア……ようやく、見つけた」
風と共に消え入りそうな声で、そう告げた。男の人の声だ。低くて、艶のあるバリトンヴォイス。とっても綺麗だけど、どこか悲しそうな響きだ。
声の主は、もう一歩近づくと、跪いて、私の頬にそっと触れて――
「迎えに来たよ。さぁ、行こうか」
うっすら開けた瞳から、その男の人の顔が見えた。声に違わない、悲しそうな顔。その顔が、思ったよりも近くに来たから、思わず緊張して、口走ってしまった。
「ど、どこにですか?」
「……え?」
男の人の、動きが止まった。
さっきまでの物憂げな顔も、うっすら浮かんでいた涙も、その顔から一瞬にして消え去った。そして――
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
耳をつんざくような叫び声が上がり、同時に、私の体は
ぽーん
とボールのように投げ出されて、高く高く上空へ舞った。
いやいや、私、こんなに軽くはなかったはず。いきなりどうしちゃったんだ!?
舞い上がりながら混乱していると、今度は何だかずしん、と重力を感じた。周りに広葉樹の葉っぱが生い茂っているのを見ると、どうも木の枝に引っ掛かったらしい。地面に垂直落下は避けられたみたいだ。良かった……。
ほっと息をついて視線を落とすと、そこにはさっきは見えなかった水面が見えた。どうやら池のほとりで眠っていたということらしい。ますます以てわからない。いったい何が起こったのか。
目をこらして、水面を見ると、もっと……もっとわからなくなってきた。水面に映る私の姿……それは、つい先ほどまで認識していた私自身の姿じゃない。
金の髪、エメラルドグリーンの瞳、真っ白な頬……とても私とは思えない美少女だ。いや、そうじゃない。それ以上に信じられないのは、それ以上の姿がないこと。
つまり――首以外、ない!
私は…………今、生首ということ!!?
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