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彼は美しい人を見つけたけれど、彼にとっての至上の美を諦めたわけではなかった。ただ、彼女のおかげで無駄に寂しいと思わなくなれた。何かを求めようとは思わない。欲しいとも思わない。探したい、とは思うようになれたかもしれない。
「魔法使いさん、俺のこと弟子にしてくれない?」
彼がそう尋ねると彼女は困ったように言った。
「わたしのこと、弟子にしてもらおうと思っていたのに」
予想外の返事に彼は変な顔をしてしまった。
すごいのは彼女であって自分ではない。
高みを目指す努力家は、毒舌とは他所に謙虚でもあった。謙虚な怖がりは卑屈には辿り着かないけれど、満遍な自信には行きつかない。怖がり、臆病さが何をしても邪魔をする。少し破った怖がりの自分は心地よかったけれど、彼女の前でしかそう在れない自己嫌悪は残った。
「どっちがどっちの弟子になったらどうに何が変わるかな」
譲らないとばかりに睨み合った末に彼がそんなことを言った。
すると彼女が「どっちでも同じじゃないかしら」と言った。
「えーだったら魔法使いさんが折れてよ。俺、お金払ってるしー」
「お金もらっているくせに弟子になりたいってくらい魅力的なのよー、化粧師さんはー」
そんなやりとりをして笑い合うと、互いにどうでもよくなってしまった。
「ねえ、これからも会いにきてくれる?」
最初になんとなく始まってしまった賭けの結果は出てしまった。誰かを贔屓にすることのない彼がもう現れなくなる、という不安を覚えた。
「魔法使いさんがここにいる限りは」
「よかった」
「どうして?」
「だって化粧師さんは特別だから」
真横にある彼女のつぶらな瞳がまっすぐ彼の瞳を捉えた。
このつぶらな瞳に見つめられると胸が熱くなるのは色恋のそれとは違った。純粋に喜びと高揚を感じるのは純粋に彼女が魅惑的で魅力に溢れているからだ。そんな風に自省をするとなんだか彼は自分が可笑しくなってきて目を細めて笑みを作った。急に微笑んだ彼の表情は今までで一番柔らかく、彼女を嬉しくさせた。
そうして彼女は言った。
「触れられたのだから、もっと触れてみせて?」
それから彼女は「わたしももっと化粧師さんに触れたいの」と言った。
終わり
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