12 二人

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 * * *  浅草から上野方面に少し進んだ、裏路地の一角。小さな店の軒下に、赤ちょうちんがぶら下がっている。店の引き戸を開けると、カウンターの中で暁がぴょこんと顔を上げた。 「辰さん、おかえんなさい。早かったですね」 「ああ、今帰ったぜ」  料理の仕込み中らしい。暁はまな板の上で、ザクザクとネギを刻みながら微笑んだ。 「ちょうどよかった。のれん、もう(おもて)に出してもいいですよ」 「ああ。……いや、その前に」  辰治は店の奥に進み、厨房への扉を開けた。そして中に入ると、暁を背中から抱き締めた。  暁が慌てて、包丁をまな板の上に置く。しかしその手は、水気に濡れてしまっている。暁は所在なさげに手をさまよわせ、困ったような顔で振り向いた。その顎を引き寄せ、唇にちゅっと口付ける。 「土産がある」 「え?」  側に置いたスモモのカゴを差し出すと、暁は目を輝かせた。 「わ! もうそんな季節かあ」 「八百屋に入荷してたから、早速買ってきたんだ」 「ありがとうございます。少し冷やしておきますね」  暁は嬉しそうにカゴを受け取り、店の奥へと入っていく。  その弾む背を見送り、辰治はもう一度出入り口の方に向かった。 『準備中』の札を、『営業中』に変える。そして裏を向いているのれんをひっくり返して、表に出した。白いのれんに書かれた『日の出』の文字が、風に揺れた。
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