第四話「いつつばし」~呪いのミステリーナイト~

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第四話「いつつばし」~呪いのミステリーナイト~

 数多町七十刈探偵舎  第四話 「いつつばし」  春の学祭――通称『五ツ星(いつつぼし)(まつり)』。  毎年ゴールデンウィークが過ぎた頃に、ぼくの通う五ツ橋(いつつばし)大学で開催される一大イベントだ。学生や教授陣がゼミや部活ごとに色々な出店を出したり、パフォーマンスやライブをしたり、イベント企画を行ったりする、中々賑やかな行事である。この時ばかりは、数多町(あまたちょう)の外部からも大勢のお客さんが訪れてくる。  所属する文学部民俗学科でも有志を募って『古代風マンガ肉串』の屋台を出店することになったので、ぼくもシフト表の調整やレシピの研究に勤しんでいた。何を隠そう『肉串』はぼくの立案なので、出来る限り食欲をそそる美味しそうなレシピを考案する必要があったのだ。料理は得意分野なので別段問題ない。屋台の売上は学科の予算に充てることが出来るので、うまくいけば設備や今後のぼくらのフィールドワークをより充実させることが出来るはず、というのは表向きの建前で。  ぼく――七五三(しめ) (ミル)の本当の目的は。 「『肉串』で釣って七十刈(なそかり)先生に五ツ星祭にお越しいただく」ことに他ならない。  先生は静かな人なので自分の好みについてあまりすすんで語ることはないが、お肉が大好きなのは日頃から一つ屋根の下で先生の一挙一動をつぶさに観察しているぼくにはちゃーんと分かっているのだ。食いつきが違う。片頬を小動物のように膨らませてぼくの手料理を黙々と味わう先生の様子を横目で眺めるのが、最近のひそかな楽しみだ。  なので、先生にいつもと違った雰囲気でぼくの焼いた美味しい肉串を味わっていただきたかった。  あわよくばシフトの空き時間に先生と学祭をぶらぶら巡りたいし、食べ歩きする先生の様子をスマホにおさめたりしたい。きっと普段とは違った、幸せなひとときを過ごせるに違いない。  ふわふわ空想しながら廊下を歩いていたら、他学科の女の子にいきなり声をかけられた。時々授業が同じになる顔見知りの子、だった気がする。 「ねぇねぇ。都九見(つぐみ)センセの『ミステリーナイト』のチケットもう余ってない? (ミル)クン、ゼミ生でしょ。特別に一枚だけ何とかしてよぉ――」 「えーと、ごめんね。好評で即完売だったらしいんだ。その代わり講堂の外のモニターでライブビューイングもするみたいだから、よろしくね」  にこりと笑って丁重に帰ってもらう。これでもう何人目だろう。  今年の目玉企画は『都九見(つぐみ)准教授のミステリーナイト』。  ぼくが所属している都九見(つぐみ)ゼミの主――都九見(つぐみ) 京一(けいいち)准教授は全国津々浦々の呪詛(じゅそ)やまじないの研究をしている。それゆえにミステリーやオカルト界隈でも結構な有名人らしく、このたび学祭で単独のトークショーをすることになったのだ。学外からゲストを呼ぶらしいという噂もあるけれど、何もかも准教授がひとりでこそこそ進めているので内容はぼくたちゼミ生にすら知らされていない。  一席なんと二千円。なかなかの商売だなぁと感心していたら、あっという間に一般販売分のチケットが完売になってしまったから驚きだ。五ツ橋(いつつばし)の講師陣きっての切れ者かつ男前である都九見(つぐみ)さんの人気は侮れない。みんなあの知的でクールな顔面に騙されているのだ。蓋を開けてみれば、胡散臭い駄洒落おじさんなのにな――と、実情をよく知るぼくは肩を竦めた。  さて。どうやって先生を学祭に誘おうか思案しつつ話を出してみたら、 「僕も、行くつもりにしていました」  とその日の晩にあっさりと言ってもらえた。  ぼくの切なる祈りが通じたらしい。  七十刈(なそかり)先生や猫の億良(おくら)、そして普段は視えない地縛霊の七保志(なぼし)さんと共に過ごす穏やかな日々。探偵舎で過ごしている時は『家』のことも――ぼくの性質のことも忘れることが出来る。  少なくともここでは、ぼくの作ったささやかな料理で喜んでくれる相手がいてくれる。ぼくにも何か出来る。ちゃんと誰かの役に立てている。必要とされている。  先生のおかげで、ずっと暗闇に覆われていたぼくの人生に少しずつ光が射してきたように感じていた。言い知れぬ感謝の念を噛みしめながら、机に向かってマンガ肉串のレシピ作りに精を出す。
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