今日を生きたかった君と明日が命日の私

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 ピピピ。ピピピ。  無機質なアラーム音で目を覚まし、カーテンを通り越して入ってくる光に苛立ちを覚えながら目をこする。アラームを止めながら時刻を確認すると、午前6時50分だった。 「ああ、起きないと」  マリはゆっくりとした動作で身支度を整え、ほとんど空っぽの冷蔵庫からパンを取り出し、そのまま口に入れた。パンを食べながらちらっと机に目をやる。 『20XX年9月1日逝去 マリ様』。 机の片隅に置いてある透明なプレートには明日の日付が記されている。 「ついに明日か・・・」  マリは憂鬱な気持ちで人生最後の日を迎えようとしていた。  医学が発達したこの時代では、人の寿命は生まれた瞬間に分かるようになっていた。もちろん、お金を積めば寿命を延ばすことも可能だ。けれど、1日の寿命を延ばすための手術料は決して安くはない。零細企業に勤めてほんの数年程度のマリの給料では、とても払える料金ではなかったし、一部の人を除いてほとんどの人が自分の寿命を受け入れていた。  亡くなり方は不思議なことに、まるで眠るように死んでいく。ただ、それがその日のどの時間に亡くなるのかまでは分からない。マリの祖父母も両親も、命日とされた日にみんなバラバラの時間に亡くなっていった。そして、その亡くなり方を『逝去』と呼んでいた。 「そもそも、別に長生きしたかったわけじゃないし」  今年でマリは27歳だが、特別に好きなことがあったわけではなく、仕事も人に勧められた場所で働いているに過ぎない。亡くなる1カ月前に国から突然渡されるこのプレートも、ごく当たり前の風景であったかのようにそこにある。  プレートが届けられてからマリは、仕事の引継ぎとか借りている賃貸の手続きや友人たちとの別れの挨拶に奔走した。そして今日、人生最後の日を明日に控え、何もやることがなくなった。
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