二十一 冬晴れのラララ

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二十一 冬晴れのラララ

 二月二十七日、木曜。  快晴になった。公共交通機関は平常通りに復旧した。  タエとケイは通勤の混雑を考えて、いつもより早めに出社した。  一階のエレベーターホールの社内掲示板に、 『今後の人事異動について説明するため、全社員が始業と同時に九階の大ホールに集ること』  とある。  いつものことだが、人事異動をMarimuraの社員専用ホームページで連絡すれば、それですむのに、なぜ、掲示板などという時代遅れの方法にこだわるんだろう。掲示板を使いたいなら、社員専用ホームページと社内掲示板の両方を使えばいい。  それとも、『出社したら、あっと驚くような人事異動が待ってた』なんていう人事異動の驚きを社内に巻き起こそうと言うのか?  そう思いながらタエが言う。 「このまま、九階に行くべか?」 「そうすべさ。今後の人事異動って何だべ?」  ケイも地元の話し方のままだ。この方が楽だ・・・。 「今さら、社内の会話に合わせる必要はねえべさ。  今後は、私でなくて、あたしでいいべ」  タエは、ケイの思いを感じてそう言った。  タエとケイはエレベーターに乗った。始業時刻まで時間がある。エレベーターに乗っているのはタエとケイだけだ。 「専務と常務をクビにしたんだべか?」とタエ。 「うん。あたしたちが会議で話した事を実行したんだべな。  そうでなきゃ、いつもの人事異動みてえに、掲示板で発表するさ」とケイ。 「ケイの話をパクったか・・・」 「そうだべ・・・」 「とんだ脳無しだべ・・・」とタエ。 「資本家なんてそんなもんだべ。  さて、あのアホども、誰を社長にすんのかな・・・」とケイ。 「この話、聞かれてんだべな」 「今さら、気にすんな」  そんな話をしているあいだにエレベーターが九階に着いた。  エレベーターを降りて通路を進み、大ホールに入った。  東と南の窓から見える雪景色の都内が、朝日を反射して眩しい。 「おはようございます」  大ホールの奥から、近藤政夫が株主代表の三名を従えて近づいてきた。 「おはようございます。ご苦労さんですね」  タエとケイは慇懃に挨拶した。  近藤政夫は都内の雪景色に目を転じて、タエとケイに話しはじめた。 「まさに、Marimuraの未来を象徴するような、冬晴れの絶景ですなあ・・・。  連絡が遅れてすみません。社長の件、よろしくお願いします。  私たち、アホどもは、全面的に、お二人の意見に同意します」  近藤政夫と株主代表たちが丁重に御辞儀している。 「一昨日の夜、お二人で協議なさった人事を、そのまま発表してください。  本日の集会で、アホの私が前座を務め、専務と常務の解雇を発表して、社長を紹介します。  その後、お二人から、人事を発表してください」  近藤政夫はそう言って、にやりと笑った。  やはり、あたしたちの会話は全て盗聴されていた。それも想定内の事さ・・・。  ケイとタエは、互いに顔を見合わせてそう思った。 (一章 冬晴れのラララ 了)
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