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わたしは射抜くような直視を決して外さず、脅えて引きつるその顔を、じわじわと追い詰めていく。
“何か”が見えているのか知らないが、彼の目が大きく見開き、手が震え出した。
「望月さん、わたしは百子みたいに、死んでしまった人の声を聞くことは出来ない。
でもね、聴覚よりも鮮明に心に流れ込んでくるこの気持ちを、今なら確信出来る。
どんなに精巧なボカロの音声よりも、人の声の奥にある心を、わたしは大切に思うから。
だから……わたしが貴方に伝えるよ。
美弥ちゃんが、
“言えなかった言葉”を……ね」
「ひぃっ、美、美弥なのかっ!?」
さっきからずっと鳴っている耳鳴りの向こうに、透き通った愛らしい女性の声が、微かに聞こえた気がした。
わたしは大きく息を吸い込むと、思いの丈の全てを、美弥ちゃんと同じ波長の声に乗せて叫んだ。
「てめぇなんか、大嫌いだよっ!
くたばれ、この腐れ外道がっ!!」
大気の流れが、一瞬だけ停止したように思えた。
この世の音の全てにも聞こえた今の咆哮が、残響を引いて消えてゆくと、再び車のエンジン音や主婦達の雑談の声が耳に戻ってくる。
我に返った時、望月さんは地べたに膝を折り、蒼白の顔で項垂れていた。
まるで100m走を全力で走ったみたいに、激しく上下するわたしの肩を、百子の手が静かに触れてくる。
自分で出した罵声に自分で戸惑っているわたしに、滅多に見れない彼女の笑顔が、静かに頷いてよこした。
「よく言えたね。
ちぃとは、スッキリしたかい?
あんたの事は、あたしが何とかしてやるさ。
だからもう、楽になっていいんだよ?」
優しく微笑む百子の眼差しは、またわたしの顔を通り越し、その背後に注がれていた。
未だ途絶えない耳鳴りの向こうで、再び、女性の声が聞こえたように思う。
ボーカロイドみたいに、何と言ったのかは聞き取れなかったけど、
ボーカロイドとは違った、人の温もりを感じる声だった。
~おわり~
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