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会議のあと、あの人にかける言葉が思い浮かばず、その場に居たたまれなくなったわたしは、後宮への道を足早に駆け抜ける。
広い中庭は、濃密な花の群れと香りで満ちていた。
途中、三人ほど寄り集まった召使いの女人の姿を前方に見つけて、とっさにわたしは、そばの背の低い木々の蔭へ身を潜めた。
わたしに気づかなかった召使いたちは、楽しそうに会話を続けながら歩いている。
「噂では、幼いころは快活で利発なお子だったと聞いていたけれど。それがあんな物憂げで魅惑的な方に成長しているとは」
「国王も、さぞかしお喜びのことでしょうね」
「年は十六なのだから、成人の儀のための帰国なのでしょう?」
「きっと盛大な儀になるわ。楽しみでございますわね」
「わたしたちも、お声をいただけるのかしら」
さざめくように色めきだって通り過ぎる召使いたちを、わたしは憂鬱な思いで見送る。
実際に召使いの数名は、義弟の姿を目にしたのだろう。
このような噂が伝わるのは、とても早い。
一夫多妻のこの国では、王族につかえるくらいの身分であれば、たとえ召使いであろうと誰でも王族に娶られる可能性がある。
夢を見て浮足立つのは当然のことだ。
わたしは滅入った気持ちのまま、彫刻をほどこした門を通り、開け放たれたアーチ型の入り口を抜け、鈍く銀色に光る石造りの後宮へと足を踏みいれた。
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