3人が本棚に入れています
本棚に追加
/42ページ
第1話 入学
バスから降りると、空に浮かぶ月が出迎えてくれた。すこしも欠けていない満月は実家に住んでいた時にも見たことがないくらい大きくて、目を細めないと直視できないほど眩しい。
あとは、徒歩で十分ほど。今日もありきたりな社会人生活を終えた春日桜太は自宅マンションに向かって閑静な住宅街を歩く。
今夜の夜空は月だけでなく星も綺麗だった。吸い込む空気も澄んでいて、もう秋になるのに夏用のスーツを着ているサクタは心地良い寒さを感じていた。このまま、どこかへ散歩にでも行きたくなる。できれば、どこか遠い町まで……。
「あの、すみません」
前方から声がして、だらしない顔を上に向けていたサクタはハッとした。呆けていて気が付かなかったが目の前に若い女が立っていた。
きらびやかな金色と銀色の服に、大きな宝石が目立つ王冠じみた帽子を被っている女は髪まで金色……そういうキャバクラかコスプレが趣味なのか、少なくともサクタとは相容れない世界に生きる人間だった。
「あ、すみません」
もう少しでぶつかりかけていたので、その事に対して声を掛けてきたのだと思ったサクタは斜めに進んで女とすれ違う。
「今、お時間大丈夫ですよね?」
「はい?」
後ろから続けて声を掛けてきたのでサクタは振り返って首を傾げる。
「私、あなたにお話ししたいことがあるんです」
「……えー……っと。すみません。用事があって急いでるので」
「嘘はやめて。今から帰宅して寝るだけでしょ」
何なんだ、この女は。適当にあしらって立ち去ろうとしたサクタは女に腕をつままれた。
「何ですか?」
サクタはちゃんと話を聞いてから、ちゃんと断ることにした。
「簡潔に言うと、私はあなたのような地球人目線で言えば神様のような存在で……十年後に他惑星と戦争……で、地球を守る兵隊にあなたが選ばれたというお話です」
それを聞いたサクタは回れ右をして自宅に向かって早歩きをした。とんでもない電波な女に出くわしてしまった。しかし、十歩ほど進んだところで驚きの展開に襲われる――
視界が一瞬真っ暗になったと思ったら次の瞬間、住居の一室らしい部屋に景色が入れ替わる。脱ぎっぱなしの寝巻、コンビニ弁当の空き箱、その見慣れた散らかった部屋は紛れもなくサクタが一人で暮らすマンションのリビングだった。
最初のコメントを投稿しよう!