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逢ひ見ての...
ー逢ひ見てののちの心にくらぶれば 昔はものを思はざりけりー
古人の和歌が頭を過過る。
天下分け目となろう最後の戦いの目前に迫った夜、白勢頼隆は、主君であり伴侶である九神直義の褥に居た。
陣中での同衾は努めて控えてはいたが、猛る血を鎮めねばならぬとて、求められれば拒む由も無い。
「ふぅ......」
頼隆は小さな息をついた。
隣に眠る男に、燭台の灯りがわずかに影を落とす。息を潜め、じっ......と男の顔を見つめる。
堅く結んだ唇、艷のある髭、存外に長い睫毛......。
輪郭をそ......と指先で辿る。
ーもぅ、どれ程になるだろうか......。ー
初めて褥を共にしたのは、右も左も分からぬ少年の頃だったか。
男の我儘に、囚われて籠められて.....幾多の思いのない交ぜになった日々。
哀しみも憎しみも、あった。
慟哭も怨嗟も、この男との狭間に、ただ一人、この男との狭間にだけ生まれて......消えた。
何よりも人の肌に触れる、人と肌を合わせる......その温もりを教えたのは、この男だった。
ーもし、会うていなければ......。ー
今頃は、自分は既に戦場の草葉の露と消えていたかもしれない......とふと思う。
何より、それを希みとして、戦いの場に身を投じてきたのだから......。
怒号と雄叫びの交差する戦場。血の匂いにまみれながら、その手で、あまたの生命を絶ち切りながら、自らの生命を、業を絶ち切ってくれる者を、探していた。
ーそれなのに......ー
いつの間にか、その願いは変わった。
傍らに眠る、この男にだけは、生きて欲しい。この男のためにだけは、今少し永らえたいと思う。
そのために敵を薙ぎ払い、駆け抜ける自分に気付いた。
ー身勝手な話だ。ー
けれど......。
ー死んではならぬ。死なせてはならぬ。ー
その思いだけが、死線を越え、数多の屍を乗り越えさせた。
こうして束の間、安らかな寝息を傍らに聞き、温もりの内に身を寄せて、じっとその鼓動を肌に刻むひと時の、なんと愛おしいことか。......永遠に続いて欲しいと、叶う筈もない願いが胸底から湧いてくる。
ー生くるとは、こういうことやもしれぬな......。ー
ふ......と微かな笑いが口元に浮かぶ。
「どうした......?」
男が、むくりと身体を起こした。
頼隆の肩を抱き寄せ、さわ...と髪を撫でる。頼隆は浅黒く照り映える逞しい男の胸元にひた、と頬を寄せた。焚き染めた香の薫りの奥に、汗と......血の匂いがする。抜けることの無い、互いにまとわりつく宿業の匂い。
それでも、何よりも芳しく誰よりも愛しい。
ほつり.....と薄紅の唇が呟く。
「そなたが、我れをこの世に繋ぎ止めておるのじゃな...」
ふふん......と大ぶりな鼻が笑う。
「違う。お前が儂を繋ぎ止めておるのじゃ。......儂がおらんでは寂しいとて、三途の川から引き戻すのじゃ。」
ふふっ......と頼隆は小さく笑い、ひそと男の唇に自らのそれを重ねた。ふわり、と口付けて男の首もとに頬を擦り付ける。
「そなたに逢うておらねば、我れは、はやこの世にはおらなんだ......。」
「ん?」
「以前は......生命を惜しいと思うたことは無かった。勝てば生き残り、負ければ死ぬる。その別れ目は技量と運......そう思うていた。」
「今は、違う......か。」
頼隆は、こっくりと頷いた。
「生きたいという思いが、生きねばならぬという思いが、人を生かすのじゃな。......今ひとたび、愛しい者に会いたい、その腕に抱かれたい......と思う『欲』が、死地を超えさせるのじゃな。」
男の大きな掌が、頼隆の頭を優しく撫でた。
「ようやっと、分かったか......」
「ふん...。」
切れ長の漆黒の瞳が男を見詰めた。しなやかな指先が男の夜着の袷をまさぐる。
「我れが、このような代物に気付かされるとは思わなんだわ。」
下帯の裡のそれは、すでに熱く熱を持って首をもたげ始めていた。ゆるゆると擦ると、むくむくと質量を増していく。
「初めは.......なんと憎らしいものかと思うたが、な。」
「今は愛しい......か?」
頼隆は、それには答えず、男の下帯をするりと抜き取り、その雄にそっと口付けた。
「我れは、これより他に生命の脈打つ音を知らぬ。人の熱を知らぬ。」
「頼隆......。」
暖かい口中にそれを含まれ、男は、う......と小さく呻いた。舌先が括れを優しくなぞり、先端を吸い上げる。ゆっくりと頭を上下させ、男の熱情をじっくりと煽る。
「随分と達者になったのう......」
「そなたが教えたのであろうが......」
頼隆は存分に屹立したそれから唇を離し、笑いもせず言うと自らの夜着の裾をはだけた。自らの若茎と男のそれとを合わせて握り、緩やかに扱きあげる。互いの粘膜が擦れ合い、熱が溶け合って、ひとつになる。互いの生命をひとつに溶かして、分かち合う。
「直義、死んではならぬぞ、死ぬな......。」
男に秘奥を貫かれ、敏感な部分を擦られ揺すぶられながら、頼隆は、耳許で囁く。
両の腕で、男の頚にしがみつき、甘く喘ぎ、啜り泣く。男が、忘れることの無いよう、自らの声を吐息を男の耳に注ぎ込む。
そして、男は絶頂に追い上げた頼隆の際奥に自らの熱を、生命の飛沫をありったけ注ぎ込む。
互いの生命を惜しみ、互いの生命をこの世に繋ぎ止めるために。
「あ、あああぁっ...... ! 」
頼隆の背が大きくのけ反り、何度かの絶頂の後に自失した時、有明の月は既に大きく西に傾いていた。
決戦の、夜明けだった。
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