独り相撲

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「喜久知さん」    わあっと声をあげて泣き出した喜久知の頭に梓が手をのせたとき、大きな波に飲み込まれた。    あっという間に沖に押し出されていた。藻掻いて藻掻いて、やっとのことで水面に顔をあげると梓の白い手が白波の隙間に上がったのが見えた。   「梓」    波を掻き分け腕を目一杯伸ばし、梓の腕をつかもうとする。何度も何度も。   「梓!手を伸ばせ!」    波の音にかき消されても何度も叫び続けた。   「喜久知さんっ」    やっと掴んだ梓の腕は氷のように冷たい。引き寄せ今度こそ二度と離れないように抱きしめた。   「ごめん、ごめんなさい」    泣き出した梓が喜久知の首にしがみつく。    いつの間にか波は静かになっていた。夕日は半分も海へと沈み、赤く染まっていた。見つめ合う二人の顔はそれぞれ半分赤くなっている。波間でお互いの存在を取り込むようにキスした。そうしてやっと、二人は一つ問題をクリアできた。    その後網元が出した船で助けられ、連れて行かれた病院で実は梓が妊娠していたことがわかった。海で溺れかけたということで入院して詳しく検査し様子を見ることになったのだが、8ヶ月後には元気な男の子を産んだ。さらに3年後女の子、そしてそれからさらに4年後男の子を産んで、喜久知家はすっかりにぎやかになった。
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