虚夢の匣

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「まったく、まさか本当にやり遂げるとは」  社の前でうずくまって嬉し泣きしていた『幸福の王子』は、呆れた声に顔を上げる。 「そーちゃん……」 「お前もいつまで泣いてるんだよ。今回はお前のお手柄なんだから、胸を張っておけばいいだろ」  そうぞんざいに吐き捨てて、【掃除屋】に戻った少年は『幸福の王子』の隣に座る。この同業者は辛辣だが本当は優しい人なのだと、不器用な慰めに『幸福の王子』は思った。 「【葬儀屋】さんは?」  涙を拭って尋ねれば、もう次の仕事先に向かったよと返事が来る。 「新たな依頼が入ったんだ。我らがボスは本当に人使いが荒い。 それに……きっと戻ったら沢山嫌味を言われるだろうな。【葬儀屋】とその代理人が、生まれ変わりのために死者を弔っただなんて前代未聞だもの」 「あはは……。でもまあ、それもまたハッピーだよね!」  本気で言ってるのかそれ、と【掃除屋】は心底嫌そうな顔をする。相変わらずの反応に『幸福の王子』はくすくすと笑ったが、不意にその笑みに愁いを滲ませた。 「でも、そーちゃんが居てくれて本当によかった。……僕のときは、二人共助けられなかったから」 「……は?」  間抜けな声を漏らす【掃除屋】に、『幸福の王子』は歪な笑みを向ける。 「『弟達だって、兄を救えるヒーローになれる』。その通りだよね。……でも、だからって、自分達を犠牲にしたって兄は喜んでくれないんだよ」 「……なに、なんの話を、」  狼狽える【掃除屋】ににこりと笑いかけ、『幸福の王子』は立ち上がる。  そこにはもう、先程滲ませた愁いはどこにもなかった。 「そーちゃん、僕決めたんだ! これからは、ちゃんと皆をハッピーにするよ!」  『幸福の王子』に似つかわしい無邪気な笑顔で、心優しい泣き虫は宣言する。 「正直、まだ怖いよ。でももう大丈夫。こんな僕でも誰かを救えるってわかったから」  この性質にもちゃんと向き合うよ。そう朗らかな笑みを浮かべて、『幸福の王子』は改めて社を見据えた。 「生まれ変わった兄弟に、そして新たな人生に、心からの祝福を!」  『幸福の王子』の寿に導かれるように、太陽の柔らかな日差しが社に降り注ぐ。  しがらみを全て洗い流すようなあたたかな陽だまりに、たまにはこんな依頼の終わり方もいいのかもしれないと、【掃除屋】は少しだけ思ってしまうのだった。
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