Hear your voice

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「それで、報告を聞こうか。公野くん」  クーラーの効いた部屋の真ん中にぽつんと置かれた重厚なデスクに座っていたスーツ姿の男は、ため息交じりに口を開いた。滑らかで光沢のあるジャケットはシワもホコリ一つついておらず、背筋はピンと伸ばされていた。手元にある開かれたままの分厚いファイルには、ライブで歌っている様子の美歌の写真が貼られ、その下にはびっしりと文字が書き込まれていた。 「これまで2回の失敗だ。わかりきっていることだが、君を向こうの世界に投入させるだけでも費用がかかっている。最近は何かと予算の使い方も厳しくてね。バラまきなんて疑われてみろ。計画は即座に潰される。我々の権限などちっぽけなものだからね」  組んでいた手を崩すと、男は掌で話の許可を示した。数メートル離れた位置に佇む公野と呼ばれた男は、メタリックなフレームの眼鏡を上げた。その口元が意地悪い笑顔の形をつくる。 「失敗ではありません。確かに齋藤美歌には計画の邪魔をされましたが、計画は予定通り進んでいます」 「ほう。その根拠は?」 「お渡ししている資料です。そのファイルには、ゲームで言うところのNPCーーつまり向こうの世界の住人が呼ぶ、ギフテッドの全てが網羅されています。あくまでも現時点でのという条件はつきますが。今、ギフテッドは 大きく2つに分かれている。力のあるものと力の無いもの。言い換えれば、お金のあるものとお金の無いもの。最初は平等に始まったはずの世界の中に、固定化された構造が生まれつつあります」 「なるほど。して?」 「力のないものは力のあるものに従わなければ生きていけない。そのことが、今回の山本渚のイベントで了解のものになりつつある。ならば単純です。私が力のあるものの頂点に立てばいい。そうすれば、自ずと大量のお金が集まってくる。ただ、そのためにはーー」 「齋藤美歌を潰さなければならない、か」  眼鏡の奥が怪しく光った。 「その通りです。『どんな小さな声だって絶対に届く』。例の記者会見で彼女はこう言いいましたよね。だが、小さな声など掻き消されてしまうのが現実です。まさしくファンタジー(幻想)なその信念を壊してしまえば、彼女はもう二度と声を上げようなどと思えなくなる。徹底的にね、壊しますよ。なにもかも」  笑顔が狂気に歪む。ひとしきり低い笑い声を上げると、男は深々と頭を下げた。 「失礼しました」 「構わん。今のお前の顔を見ていると逆に安心した。全く折れていないようだからな。それと、もう一つの任務の方だが」 「はい。向こうの世界の正体については、まだ全貌は明らかになっていません。ただ、これまでベル塔、ボーム洞窟、ディラック氷河と来て、フォースダンジョンではエーレンフェスト市街地が出てきました。この名前は、以前から推察していた通り、量子力学の歴史に名を刻んだ学者の名前です」 「ならばそのうちアインシュタインでも出てくるか?」 「さあ……彼は量子力学に反対していましたしね。それはともかく、転移や時空を移動できる糸のスキルなど、時空間の変異あるいは異常がダンジョンの形成に関わっていることは間違いがなさそうです」 「了解した。では引き続き任務に当たってくれ。ところで、齋藤美歌を壊す策は何か考えてあるのか?」  男は、また眼鏡を上げた。 「自分の居る世界を信頼できなくなることが、人にとっては耐え難い苦痛なのです。それを実現するだけです」
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