孤独な背中

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孤独な背中

 動くなと言われても。  気がついた時には、文浩の背中に庇われていた。周囲を囲むのは、剣を持った男達。 「いいな、お前はそこから動くな」  翠珠を壁に押しつけておいて、文浩は剣を抜く。 (……こいつら、ただの強盗じゃない)  強盗や追剥など、この世界にも悪人は存在する。  翠珠の父も、遠方に隊商を送る時には、常にしっかりと護衛をつけていた。荷を奪われるだけならまだよいが、従業員の命がなくなってはとんでもない、と。  けれど、まさか、都でこんな目に遭うとは思ってもいなかった。 「お前達は何者だ――と、問うだけ無駄か」  文浩の問いに、男達鼻で笑って返してきた。  彼に注意するよう口にしかけて、翠珠はその口を閉じた。こちらに向けられている彼の背からも伝わってくる。  彼は、目の前にいる敵の力量をしっかりと見定めている。  ――ならば。  翠珠も、余計なことは口にしない方がいい。今、翠珠にできるのは、彼の邪魔にならないようにすることだけ。  こちらに向けられた背中は、とても頼もしく感じられた。両腕で自分の身体を抱きしめるようにして、翠珠は唇を引き結ぶ。 (……陛下の邪魔だけはしてはいけない)  怖い――前世でも、今回の人生でも。こうやって刃物を持った男達に囲まれるなんて経験したことはなかった。
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