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ブルックリン
ニューヨーク、ブルックリン。
ひとりのやせた男が、細く入り組んだ路地に入って行った。襟を立てた厚い灰色のウールのコート、両手に鹿革の手袋。その右手には壊れそうなキャリーカートを引いていた。そこには黒い台形のケースが、ぐるぐる巻きに縛りつけられている。路地のずさんな舗装のせいで、カートの車輪は雷鳴のようなノイズを発していた。
灰色のやせた男は、袋小路にあるドアの前で立ち止まった。木製のドアには、針金の入った防犯ガラスがはめ込まれている。窓という窓には、鉄格子がついていて、野良猫一匹侵入することはできない。窓には半開きになったブラインドがかかっていて、電気スタンドの、うすぼんやりとした光が影を落としていた。
ドアの横の壁に、真鍮のプレートがはめ込まれており、“ゴールドスタイン・カンパニー”とジャーマンゴシックで誇らしげに書かれていた。
鍵穴が3つもついた分厚いドアを開け、男は中に入った。
「アイジー、いるのか?」
灰色の男は、ドアを閉めるために後ろを向いたまま声を発した。
「ああ、いるさ。だが、ちゃんとアイザックと呼んでくれ」
灰色の男が振り返ると、いかにも年代物のデスクの奥に、小柄な男がこちらを向いて座っていた。電気スタンドのぼんやりとした光が、アイジーと呼ばれた男の顔半分を照らし、その大きな鉤鼻を浮かび上がらせた。
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