柚子

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 何も買ってはいないのに御礼を言わなければならないとは、またなんとも歪でガラパゴス化したこの国の文化であろうかなどと嘆きつつも、気分の良くなっていた私の脳裏にはさらなる良いアイディアが湧き上がってくる。  そうだ。今こそあの言葉を口にしよう。  言っても誰も理解してくれないと、ずっと言えなかったあの祝福の言葉を返礼として彼女に投げかけるのだ。  あの黄色い柚子爆弾と同じだ。理解できなくとも、その疑問を契機として興味を持ってくれさえすればそれでよい。  ここからクリスマスの冬至祭的意味を復古する、私の、否、我々の革命が始まるのである。  メリー・ミトラス!  私はできうる限りの明るい声で、満面の笑みを浮かべながらそう彼女を祝福する。  冬至の日を祝うのには、この言葉が最も相応しいであろう。なんなら、不敗の太陽神(ソル・ウィンウィクトゥス)の敬称を枕詞に付けてもよい。  案の定、彼女は「は?」というような顔をして首を傾げたが、私は柚子爆弾同様、そのまま放置して何事もなかったかのように自動ドアを出てしまう。  暖房の利いた店内と違い、さすがは一年で一番、太陽の力が弱くなる日だけあって、外の空気は一瞬にして体をがちがちに強張らせる。  しかし、冬の冷気に肩をすぼめた私の顔には自然と微笑みが零れてきて、なんだか妙にくすぐったい気持ちを抱きながら、キラキラと奇妙に輝く大通りを私はゆっくりと下って行った。                          (柚子 了)
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