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Happy New Year,and I want to be with you this year.
カチャリ、と静かに鍵を回し、そっとドアを開ける。
「ただいま~」
樹はできる限りの小さな声で呟くようにそう言うと、音を立てないように靴を脱いだ。
夜勤のバイト上がりで、今は早朝と言っていい時間だ。一昨日から年末休暇に入っている同居人は、まだ眠っているだろう。起こさないように、細心の注意を払う。
手を洗って嗽をし、そーっと寝室のドアを少しだけ開く。
男二人で寝るにはダブルじゃ狭い、と少し奮発して買ったクイーンサイズのベッドのど真ん中を陣取っている膨らみに、その掛布団から少しはみ出たサラサラの黒髪に、安堵とも癒しともとれるような何かホッと気が抜けるような心地いい安らぎを覚えて、彼は再び音を立てないようにドアを閉めた。
二人で寝るときはいつも右側に寝るそのひとが、樹が夜勤のときには決まってど真ん中で寝るのには、どうやら理由があるらしい。
「お前と寝るといつも暑苦しいから、半分空けとくとなんか寒いんだよ、だから」
だから寒くないように真ん中で寝るんだ、と唇を尖らせる樹の恋人は、文句を言っているようでその実、半分空けて寝ると樹の不在が強調されてさみしい、と決して素直には言ってくれない。
「ムダにデカい図体がないと、広々使えて快適だ」
そんな憎まれ口しかきいてくれないそのひとが、本当は真ん中で寝ることで樹の枕の匂いを嗅いで寝ている、ということに気づいたとき、萌え死ぬかと思うほどに悶絶したものだ。
だけど、面と向かってその事実を指摘したら、プライドの高い彼の恋人は、もう二度とあの広いベッドの真ん中を陣取って寝るなんて可愛いことをしてくれなくなるだろうから。
樹はいつも、夜勤のバイト明けにはこうして、ベッドの真ん中で寝ている恋人の姿を確認することを密かな楽しみとして、自分の胸のうちにそっと仕舞っているのだ。
軽くシャワーを浴びて、脱いだものを纏めて洗濯機に放り込み、回す。
濡れた髪をタオルでガシガシ拭きながら脱衣所を出ると、リビングのソファに膝を抱えて眠そうに座るそのひとを見つけた。
「律さん、起こしちゃいました?」
樹はあたふたとその側に駆け寄って、寒そうなその細い肩にブランケットをそっと巻き付ける。
彼の恋人兼同居人の律は、寝起きで機嫌が悪そうだ。チッ、と舌打ちをして樹を睨むように見上げた。
「お前、うるさいんだよ、ガサガサバタバタ」
「すみません、気をつけてたつもりなんですけど……」
叱られて、ショボンと肩を落とした樹に、しかしそのひとは。
「ん」
尖らせた唇を、そのまま彼のほうに向けて突き出してくる。
「え?」
意味がわからず、間抜けな疑問系の声を漏らした樹に、ムスリとした顔のまま、律は言うのだ。
「え?じゃないだろ、愚図か、お前は童貞かっての、ただいまのチューだろ、ほら、早く……ん!」
不機嫌からの急なデレとかさ、そういうところ、ホントヤバいから、律さん?頼むから、他の人にそんなところ絶対見せないでね?
頭の中をそんな言葉がぐるぐる回るものの、これ以上機嫌を損ねる前に、と慌ててその少しヒンヤリする桜色の唇に喰らいついた。
甘く、柔らかな感触。
軽く啄むようにチュッ、と一度。
それから、深く、舌を絡めとり、唾液を流し込み啜り上げ、喉の奥まで舌の届く限りを犯すように深く、その口腔内を貪るようにして。
口の端から、飲み込みきれない唾液が零れて顎を伝うまで堪能して、それからようやく唇を離す。
「……ただいま、律さん」
その細い顎を伝う唾液を最後に舌でベロリと舐め取って、少し弾んだ息を整えるようにゆっくり、樹はうっとりと彼の恋人の奇跡のように美しい面に朱が差すのを眺めながら、その耳許に囁いた。
そのままソファに座った樹の膝の上に抱き上げられた律は、膝の上に乗せられることに異論はないらしく、そのことには文句も冷ややかな態度もなく、ただ、何気ないふうにチラリと彼を仰ぎ見る。
「お前、大晦日はもうバイト入れてないんだろ?」
何気ないふうの装い方が駄々漏れ過ぎて、本当に、このひと、可愛過ぎて困るんですけど?
樹は膝の上の愛しいひとを背中からぎゅっと抱き締める腕に力を込めた。
「入れてないですよ、律さんと一緒に新年迎えたいんで」
クリスマスのときに、イブの夜遅くまでバイトを入れていたことで、意外とこのクールに見えるいつも澄ました彼の恋人が、イベントなんてキョーミないみたいな顔をしつつも結構楽しみにしているらしい、ということを知ることになったから。樹は、大晦日と元旦には、稼ぎ時だったけれどもバイトを一切入れなかったのだ。
その答えに、律はやっぱり満足したらしい。フン、と鼻の穴を少し広げて息を漏らす。そんな顔さえも、恋人の欲目を抜いても絵になるほど美しいから、同棲までしているというのに、まだ樹はこのひとが自分の恋人だという実感がまるで持てないのだが。
「じゃあ、お前もやっと仕事納めだな?」
律がほんのり笑った。
樹は息を呑む。
何度見ても見慣れるなんてことのない、その笑顔。そのひとを笑わせるためなら、なんでもできる、と思う。
「やっと仕事納めです、よ。今日と明日は全部、律さんのためだけに時間使える」
樹がいつもバイトに明け暮れているのには、もちろん理由がある。一番の理由はもちろん、律とのこの同棲生活のためだ。
マンションの家賃の大半は社会人である律が払ってくれている。お前一人ぐらい余裕で養ってやるからそんなにバイトばっかりするな、と律は言うのだが。そこはやっぱり男として、半分は無理でも多少の足しになるぐらいの額はちゃんと入れたい。
樹は中学生のときに両親を事故で亡くし、子どものいない伯父夫婦の元に引き取られたという生い立ちだ。伯父夫婦は実の親と遜色ないぐらいに樹に愛情をくれて大切に育ててくれたが、大学の学費を出して貰う以上の負担はかけたくなかったから、高校を卒業して一人暮らしを始めると決めたときから、彼は生活費に関しては全部自分で稼いで賄っている。毎月の伯父夫婦からの仕送りは、全部手をつけずに通帳に残したままだ。大学を卒業し、無事に就職できたら、その通帳に少しずつでも積み立てをして、伯父が退職する際にまとめて返そうと思っている。
そんなわけで、バイトはいくらしても足りないぐらいなのだ。
樹のそういう事情を知ってから、律は彼のバイトのスケジュールに口出しすることは無くなったが。
社会人の律と、大学+バイトで超多忙の樹は、一緒に住んでいてもすれ違いが多い毎日だ。
見た目のクールさとは裏腹に、本人は絶対に認めないだろうけれど意外とさみしがりの律に、それに本来ならいつだって、周りからチヤホヤされて甘やかされてさみしい思いなんてするはずもないそのひとに、似合わない我慢をさせているのではないかと、樹はいつも気になっている。
早く大学を卒業して、律と同じ社会人になれば、同じようなタイムテーブルで行動する日々になれれば、さみしがらせることなんてさせずに済むのに、と、こればっかりは時間が経過しなくてはどうにもならない焦りに歯噛みしたりして。
それでも、今日と明日は。
誰よりも何よりも大切にしたい、その笑顔を見るためならどんなことでもしたい、と思えるそのひとのためにだけ過ごせる時間だ。
「フゥン?俺のためだけ?」
腕の中の恋人は、小悪魔とはこういう顔をしている、と確信させるような、艶めいた笑みを唇の端に浮かべた。
くるりと身体を柔らかく捻って、樹の膝の上で膝立ちになる。そうすることで、頭の位置が反転した。律が上から覗き込むような体勢に。
「じゃあ、早速、ご奉仕して貰おうか……?」
睡眠不足だから勃たないとか、情けないこと言うなよ?
「律さん前にして勃たないときなんてあるわけないし?つうか、煽ったりして、どーなっても知らないからな、律さん?」
ちょうど目の前にある胸元を、パジャマの上からペロリと舐める。決して薄くない生地のこの時期のパジャマだ。それでも、その下に隠された小さな突起を探り当てるべく、更に舌先で捏ねるように舐め回せば、すぐに探しているものがふっくりと勃ち上がってくるのがわかった。
それを、パジャマの生地ごと、チュ、と唇で啄む。
ピクン、と律の背中が震えるのが、抱いている腕に直に伝わった。
舐めて、啄んで、舌先でつついて、弾く。それを繰り返して、反対側にも同じように。
布一枚を挟んだままの愛撫に焦れたのか、律が背中をくねらせる。
「樹」
そのひとに名前を呼ばれるのがすごく好きだ。
その凛とした声で、だけどほんの僅か、樹だけにしかわからないぐらいに微かに、甘さを滲ませるから。
「脱がせろ、焦れったい。そういう変な焦らしテクとか、お前はどこのエロジジイだ」
「だって、今、律さんの肌直接見たら、もう俺童貞よりも早く達ける自信しかないっていうか」
この愛しくて愛しくて堪らないひとに、何日触れていなかっただろう?
年末でただでさえ忙しかった上に、この二日間の休みを取るために他の日に詰め込むようにバイトを入れていたのだ。
そう、前回このひとに触れたのは、イブの夜が最後だったかもしれない。
「お前が早漏なのなんて、最初からよく知ってる。今更だろ?」
そんなことを言って、クスクス笑うそのひとは、人を堕落させて誘惑する本当の悪魔みたいな美しさだ。普段は天使みたいに清冽で汚しがたい神々しいまでの美しさがあるのに、ベッドの上では正反対の艶かしさになるのだから困ったもので。
「脱がせてくれる気がないなら、自分で脱ぐけど?」
「待って、ダメ!律さん、ベッド行こ?こんなに煽られたら、俺、一回じゃ終われない……もう、律さんのせいだからね?」
せっかくの休みなのに、朝からこんな堕落した生活なんて。
そうブツブツと呟きながら、膝の上の大切なひとをお姫様抱っこでひょいと抱え上げる。
機嫌良さそうに少し目を細める律は、自分を軽々と抱き上げる男の首に手を回して、クスリと笑みを零した。
「せっかくの休みだから、有意義に抱き合ってたいんだろ?違うか?」
だから、もう、そんなこと言われたら。
樹は生憎両手が塞がっていたので、頭を掻き毟ることはできなかったが。
ダメ押しのように、腕の中の小悪魔が囁く。
「それにさ、仕事納めの後は、姫納め、なんて粋でいいだろ?」
それって、もう今日は一日中ベッドの上にいようっていう意味で間違ってないよね、律さん?誘われたのなら望むところで、もちろん異論はないですけど?
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