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chapter.5-5
薄れゆく意識、ぼやける視界の中、かろうじて、小柄な女性の姿が見えた。
男は珠子の身体を押さえたまま、首だけ振り返ると、「誰だ、お前――」と、ぼそりと言った。
あんたたちの、仲間じゃないの? 珠子のその疑問の答えは、すぐに明かされた。
彼女は素早く近づき、男を間合いに入れる。男が臨戦態勢をとろうとする前に、容赦なく拳をわき腹に二発、蹴りを男の膝に一発。強烈な不意打ちに、男が膝をつく。突然支えを失った珠子の身体は、壁を滑るようにして、床に落ちた。
その間に、彼女の膝蹴りが男の顎を捉え、男はその場に仰向けになって失神した。
「お前、誰だ!」
野球帽の男が叫ぶ。窓際の床に、宮古ががっちり押さえられている。その上に、野球帽の男は馬乗りになって、銃口を突きつけている。
「それはこっちの台詞よ」と彼女は不敵な笑みで答えた。「あんたたちこそ、何者なの? 刑事を二度も襲撃するなんて。身の程知らずにも程があるわ。まあ、このお嬢さんたちじゃ、大した手応えはなかったでしょうけどね?」
床に手をつき、手探りでやっと探し当てた壁に手をついて、珠子は何とか起き上がった。
彼女は腰のホルスターから拳銃を抜き、野球帽に向ける。
「今なら怪我しなくて済むわよ、放しなさい」
「銃を捨てるのはお前の方だ」
「冗談じゃないわ、あたしはちゃんと当てるわよ」
「撃てるわけな――」
銃声が響く。
男の背後の窓ガラスが砕ける。飛んできた破片に、男がとっさに顔を背けた。
その瞬間だった。別の窓ガラスが、今度は外側から叩き割られ、若い男が飛び込んできた。不意をつかれた男の身体が、突き飛ばされる。銃が手から離れる。
男は即座に立ち上がって、目の前の彼女に向かってパンチを繰り出す。
一発、二発――すっと二度、身体を引いて避けた彼女は、三発目が打ち出される前に、男の腹に強烈な回し蹴りを放った。もろに喰らった男の動きが止まる。その男の顔面に、またも回し蹴りが決まった。そして、あとから入ってきた若い男が、よろめく男を床に組み伏せる。
銃を構え直した彼女は、落ちていた銃を拾おうとする男の手をローファーのかかとで踏みつけて、それから銃を蹴っ飛ばした。
「強引なんだから、もぅ――」と若い男が呟き、彼女は銃を腰のホルスターに収めながら、不敵な笑みを浮かべた。
「結果を出せばいいのよ。上出来よ、葛木」
葛木と呼ばれた若い男は、手錠を取り出して男にはめる。しゃがみ込んだ彼女が、痛がる男の目の前に突き出したのは、紛れもなく警察バッジだった。
「あたしは警視庁捜査一課、殺人犯捜査七係の西岡夏帆。で、あんたたち、誰?――あっ、そう、黙秘すんの。いいけど、別に。調べ室で、ゆっくり聞くから」
刑事――?
七係って、たしか、地下鉄構内殺人事件の担当してる?
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