白の正義と自由への戦い

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 目ざめるとそこには「白」がありました。  いえ、ただの白ではごさいません。染みもくすみもない、織り上げた糸の中からも輝くような「白」です。 「気がつかれましたか?」  ビロードのような声に目を上げると、白の上には逞しい体と輝く金髪、そして眉目秀麗な笑顔がありました。 「お、王子様……?」 「さあ、私の馬にお乗りなさい、美しい姫よ」  王子様は私を誘うと、腰に手を当てて軽々と葦毛の馬の背へ乗せました。  なんて優雅な物腰。  ついに、ついに私は出会ってしまったのです、運命の御方と。 「さあ、私と一緒に戦ってくれますか、姫よ」 「戦う?」 「自由を勝ち取るのです。歴史と常識の窮屈な鎖縛から、心身ともに健全で開放された世界を!」  王子は馬上の私を見上げ、両手を広げて高らかに、歌うように宣言しました。その逞しい胸に、慎ましやかな桃色の乳首に、そして眩しいほどの真っ白なブリーフに輝く陽射しを映しながら! 「はい、王子様!」  なんて素敵な、なんて自由なお姿!  私は感動しました。ここまですべてをさらけ出し、名実ともに潔く生きる。国を治める者として、これ以上の資質があるでしょうか。  王子様は手綱をしっかり掴むと、華麗に飛び上がって身を捻りながら馬へ乗りました。彫刻のような美しいお背中と、引き締まった臀部を包む白ブリーフが神々しく、私がその御身に触れれば穢してしまうようで憚られます。躊躇していると、王子様は少し振り向いて微笑まれました。 「遠慮などせず、私の腰へしっかりお掴まりなさい。これから我が軍を率いて、我が父、ガラパン・トーランクスの待つ王宮へ向かいます」 「はい」 「激しい戦いが待っていることでしょう。しかし我が軍は決して退くことはない。この純白に誓いましょう!」  王子様はご自分の白ブリーフを、パン、と音高く鼓舞してみせました。 「そして勝利をおさめた暁には、姫を我が妃としてお迎えいたしたい」 「まあ……」  こんなところで求婚なぞされたら、断る女がいるはずありません。  私は満面の笑みでしっかり頷きました。すると王子様も頷かれ、ぐっと手綱を握られました。 「さあ行こう、我らの未来へ!」  一檄に答えた馬が、前足を高らかに上げていななき、勢い良く走り出します。私は慌てて、王子様の白い臀部へ掴まりました。  ああ、とても幸せです。貴方様の御身に触れるなんて!  風のように森を抜け、やがて目の前が開けました。そこにはたくさんの白ブリーフの軍勢がすでに陣を敷き、王子様のお姿を見たとたん、一斉に雄叫びを上げ、自由の象徴である白ブリーフを掲げて迎えました。  王子様は私を乗せたまま陣の真ん中を通り、先頭まで達すると、馬の首をぐるりと回して皆と向き合いました。 「いよいよ時は来た。我が、ハンラ・シロブリーフントの名において勝利をおさめよ!」 「おおおおーっ!!」  軍勢はなお高く白ブリーフを掲げて答えました。  命をかけて己の正義を貫かんとするお姿は、まるで神にも見えます。私は王子様を、いえ、未来の国王へ一生を捧げることを、今ここに誓いました。  ◆ 「……というわけでな、カズオ。この白ブリーフは男子の強さと自由の象徴なんだ」 「ほえええーっ!」 「これを穿いてると、すごく強くなるんだぞ。そして女の子にもてる」 「ふおおおーっ、はく! 僕はくっ!」 「よーしよしよし」  さすが四歳、素直なものだ。  これで我が息子も白ブリーフ愛好家に育つにちがいない。全国白ブリーフ愛好会会長の息子なんだから、そうでなきゃ困る。  キャッキャはしゃぐカズオへ小さな白ブリーフを穿かせていると、嫁が背後でイヤミくさいため息をついた。 「ちょっと、カズオに変な昔話ふきこまないで。ってかパパ、なんでそんなに白ブリーフが好きなのよ?」  嫁の蔑んだ目が風呂上がりの俺に注がれる。もちろん白ブリーフ一丁(正装)だ。何だよ、何か文句あんのかよ!  と腹の中で歯をムキつつ愛想笑いした。 「えっ、いやあ、そんなわけじゃないけど、カズオが楽しく着替え出来るかなーって」 「はあ? バカじゃないの。ってかパンツ一枚穿かせんのに時間かかりすぎなんだよ」 「すいません」  ソッコー謝る。じゃないとこの鬼嫁、エスカレートしてますますあれこれ言いつけてくるからな。  くそー、お前ら女になんか理解できるものか。  この穿きごこち、このホールド感、足ぐりの感じと、きつすぎず緩すぎずフィットしてくるウエスト。  そして何より、厚手の生地に大切な股間を預ってもらってる安心感。  これはトランクスにも、ボクサーブリーフにも決して真似し得ないんだぞ。ぶらぶらさせすぎても、ピチピチしすぎても駄目なんだ。  さらに最も大切なのが「白」であること。どこにも汚れを見逃すことのない、素晴らしい色。しかも経年劣化が如実にわかるから、買い換えのタイミングもばっちりだ。  こんな完璧な下着が他にあるか。そしてこの完璧な下着を穿くってことは、穿き手もそれに見合った完璧さでなければならない!  そう、白ブリーフとは人生の指針であり生きる規範となる素晴らしいものなんだ!  なんて心の中で力説してると嫁が睨んできた。やばい。 「ほら、歯磨きさせてよ。もう八時半なんだからとっとと寝かせてよね」 「はいすいません! さ、カズオ。パパと歯磨きカシャカシャしようね」 「はいっ!」  カズオは元気良く返事して、白ブリーフ一丁のまま可愛らしく敬礼した。  我が息子よ、お前は愛好会の最年少会員、白ブリーフ界の星だ。  どうかこのまますくすく育ってくれ。そして大人になったら、ママみたいな無理解な女どもに負けることなく、世の男たちに白ブリーフの素晴らしさを広めてくれ。 「手止まってる、もう八時三十五分!」 「はいすいません!」  嫁の言葉の鞭が飛ぶ。こんな女でもカズオの母親、俺の嫁。選んじゃったからには死ぬまで連れ添わなきゃならない。それが白ブリーフ愛好家会長のプライド、そして俺なりの、白ブリーフへの礼儀だ。 「パパーおしっこー」 「はいはい!」 「こぼしたら拭いてこいよ!」 「はい喜んで!」  こんな事に白ブリーフが負けてはならない。  今日の話を会のブログに書こう。そして全国で頑張ってる愛好家たちと勇気を分かち合おう。俺はそう自分を鼓舞しながら、カズオをおしっこに連れていった。  おわり。
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