甘い毒の寵愛

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 従者がこの青年を王子と呼んでいたし、ここは王宮。つまり彼はこの国の王の息子ということになる。そんな相手に反抗的な態度をとれば罰を受けてもおかしくはないが、もともとは奴隷の身分。いつ主人の逆鱗に触れて罰を受けるかと毎日怯えて暮らしていた。  その主人より身分の高い相手。どうせ罰を受けるのならおとなしくしているなんて馬鹿馬鹿しい。 「それもそうか」  青年はシアンを見て、ククと笑って足を組んだ。 「ノアだ。ノア・オーウェン」 「……オーウェン……?」  その名を知らぬ者はこの国にはいない。王族の姓だ。 「俺はこの国、ユノヘス王国の第三王子だ。それで、おまえの名前は?」  どうして田舎町のただの奴隷がこのような身分の高い者の目の前にいるのだろう。  奴隷のシアンには選択肢などない。言われるがまま従うだけだ。そうやって従って生きてきただけなのに、いつの間にかこんなところまで来てしまった。 「シアン……」 「シアンか。こちらへ」  困惑しながらもシアンはゆっくりと王子の元へ近付いた。身体中が小さく震えていた。今からなにをされるのか予想もできなかった。  身を綺麗に洗われて質のいい服を着せられたのだから殺されるようなことはないとは思うが、世の中にはいろいろな嗜好の人間がいる。この王子が偏った嗜好を持っている可能性だってある。  王子のそばまで近付くと、顔色が悪いのが見て取れた。蝋燭の揺らめきのせいかとも思ったが、呼吸も少し荒く肩で息をしていた。 「あの……気分が悪いの?」  訊くと王子は指先だけを動かし、もっと近寄るように指示した。  怖ず怖ずと王子のすぐ目の前まで近付き顔色を確認する。  「シアンと言ったな。おまえが本当にセシルの言う通りなら……」 「セシル……?」 「さっきの従者だ」  王子の手がシアンの頬に触れた。その手はとても冷たく、まるで死人のようだった。  冷たい指先がシアンの赤い髪を梳き、グッと後頭部を押さえ込まれ次の瞬間、冷たい唇がシアンの唇を塞いでいた。 「んっ……!?」  突然のことに抵抗するのを忘れてしまう。  その舌がシアンの口内にぬるりと侵入してくる。 「んんっ……!?」  生々しい感触に鳥肌が立ち、後頭部を押さえる王子の腕を掴んで抵抗するが、貧弱なシアンの力では王子から抜け出すことは不可能だった。
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