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第1章 出会い
天正五年(1577年)、春。
彼は言葉を失い、慣用句もデタラメばかりではないと知った。
目の前にある光景に驚くあまり、頭の中が真っ白になったのだ。
「お初にお目にかかります。それがしは小姓頭の万見 仙千代と申します。お見知りおきくださいませ」
その人物は、一礼した。
阿保みたいに口をぽかんと開けていた彼は、うしろから家臣に腕をつつかれ、ハッと我に返った。
「そ、それがしは森 乱丸と申します。ご来訪いただき、きょ、きょ、きょ……」
慌てて述べるも、気が動転して舌を噛む。
見かねた家臣が、背後から「恐悦至極です」と耳打ちする。
「恐悦至極に存じます」
乱丸はなんとか声を絞り出して、深々と頭を下げた。
新緑の萌える中庭を見渡す座敷で、乱丸は仙千代と面していた。
乱丸のうしろには、傅役の武藤 六佐と、乳母のはつが控えている。
この時代、大名や上級武士の家では、生まれた赤子に乳をあたえて育てるのは、乳母の役目だった。
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