一本場

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一本場

 太陽はすっかり赤みを増し、山の尾根と尾根の間にその姿を落とそうとしていた。伴って室内に射し込む光も赤くなり、夕暮れ時特有の、あのえもいわれぬ玄妙な空気が漂い始めていた。  野球部の掛け声と打球の甲高い音が響く校舎の一室で、神妙な面持ちの女子生徒四人が自動卓を囲んでいた。元々物置として使われていた空きの教室に自動卓を持ち込み、内装を改めた上で部室として利用しているものである。  使用しているのは言うまでもなく麻雀部である。発足してまだ間もない、大会での優勝などの実績も全くない、部室棟の部屋すらも割り当ててもらえなかった弱小麻雀部である。  しかしながら、対局の様子から伝わってくるその真剣さには、運動部にもひけをとらないほどの気迫があった。 「ツモ、四○○・七○○で終了です」 「あちゃまた七海ちゃんのトップか。さすがだねー」  和了を宣言して手牌を倒した女の子の上家に座る、ボーイッシュなショートヘアの女子生徒が自分の手牌を崩しながら頭をかいた。捨て牌はまだ六枚しか並んでおらず、七海と呼ばれた女子生徒はわずか六巡目で平和をツモ和了っている。  その和了がトップを確定させたらしく、その半荘は終了となった。 「えーと……私がラスでマイナス15、沙夜がマイナス11、部長がプラス2の……七海ちゃんがプラス24だねー」  ショートヘアの女子生徒は全員の持ち点を点数表に記録した。半荘二回、どちらも七海と呼ばれた女子生徒がトップを獲得している。 「インタージュニア個人優勝はさすがですね及川さん」  ショートヘアの女子生徒に代わり、今度は七海の下家に座る、艶やかなロングの黒髪が好く映えている女子生徒が口を開いた。 「いやー七海ちゃん隙がなさ過ぎるよ。部長が敵わないんなら私なんか無理でない?」 「平坂さんは捨て牌の選択が下手です。牌効率をもう少し勉強された方がよろしいかと」 「まあまあ及川さん、平坂さんはまだ日が浅いので……そろそろ帰らないと最終下校時刻になってしまいますね。片付けましょうか」  黒髪ロングの女子生徒は、使用していた牌を手早く流し込むと、もうワンセットの牌を卓上へと持ち上げた。四人の前にせり上がって来た牌を各々が二列に下ろし、牌掃除用のウエスで拭き始めた。  ここ公立矢上南高等学校に於ける麻雀部は設立からまだ二年弱であり、インターハイはおろか、小規模の大会ですら未だに成績を残したことがない。いわゆる弱小麻雀部である。こうやって四人で打つ以外、特に主だった活動があるというわけでもない。  ロングの黒髪が映える、部長と呼ばれている女子生徒は名前を柊彩葉(ひいらぎいろは)という。麻雀部唯一の三年生であり、設立時からのメンバーでもある。麻雀歴は長く、牌は幼少時より触っているため技巧ではピカイチである。 「だって数学とか苦手だし……麻雀って流れが大事じゃん?」  ボーイッシュなショートヘアの女子生徒は平坂夕貴(ひらさかゆうき)という名前である。高めの身長といった風貌も相まって、麻雀部というよりはバスケットボール部や陸上部などが似合いそうな雰囲気である。 「確実にテンパイを目指すには無駄を省くことが大事です。高め追求しても和了れないのであれば意味はありません」  セミロングのボブカットの女子生徒は、圧倒的な強さを見せている及川七海(おいかわななみ)である。麻雀部の新入部員であるが、先ほど彩葉が触れたように、前年度インタージュニア麻雀競技優勝という輝かしい成績を持つホープである。 「……」  そして先ほどから一言も口を開いていない、大きく垂らした前髪でお顔が好く見えず、暗い印象を受ける女子生徒が、夕貴と同じ二年生の名古沙夜(なごさよ)である。
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