第一話

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第一話

 机の上に置かれた丈夫な装丁の冊子を見ながらぼくは「日本ってほんとアナログだなぁ」と、思っていた。  世紀末どころか世界の終末なのに、電子ブックではなく、紙だなんて。  それとももう国家予算がうんたら国債がかんたらに悩まされることもないから、政府も思いっきりお金を掛けていいモノを作ったのかもしれない。  冊子に載っているのは、三つの星の説明だ。  一つ目の星は赤褐色で、クレーターが目立つ。大きさは約12000kmらしいから、地球に近しい。だけど、その荒廃とした色合いは、どう見ても生物が生息しているようには見えない。まぁ、ここに載っているのだからいるのだろうけれど。あまり惹かれないかなぁ。  二つ目の星は白っぽくて表面がつるんとしている。その中に青が点在していることから、水が多分にあると思われる。見た目も地球に似ているので、安心して過ごせそうだが、如何せん8000kmと小さい。太陽系の中でさえ地球は決して大きな方ではないのに、それより小さいとなると、ここは激戦必至だろう。  三つ目の星は黄色を基としている。その上からカラメルを掛けたような茶色い縞模様があって、見れば見るほどプリンのようだ。茶色ということは、あまり人が住むのに好ましくないのではないかと思われる。確か、木星には白と茶色とが混ざった雲がかかっていたような気がするが、それの正体はガスだったんじゃないかな。  でもここは大きい。120万kmという途方もない数字が書かれている。きっとどこも希望しない人たちは必然的にここに行くことになるのだろう。  それぞれには定員数も書かれており、上から上限30億人、8億人、70億人――。  ぼくたち地球人は、あと1ヶ月でこの中からどこの星に移転するかを、選ばなければならない。 「ピンポンパンポーン  皆さまこんにちは。突然ですが、お知らせです。  地球は先の宇宙大戦において大敗を喫しました」  2ヶ月前、突然お昼の校内放送で流れた言葉に、教室どころか学校どころか日本どころか世界中が、クエスチョンマークを飛ばしたに違いない。  はぁ? なんだって? うちゅう?? 「つきましては、現在地球上にいらっしゃる地球人の方々には、大規模な移動を行って頂きたいと思います」  ぼくはいつも通り母さんの作ってくれたお弁当の包みを開いて、いつも通り友だちの松本とくだらない話をしていたのだが、見慣れた灰色のスピーカーから流れてくるその内容だけは、全然いつも通りじゃなかった。 「我々の目的は、地球という非常に文明の発達した惑星に住まうあなたがた地球人の営みを、他の星にも根付かせて頂き、銀河系全体の発達に貢献して頂くこと。  従って、現在地球上に存在する如何なる生物も虐殺致しません」 「え? どういうこと?」 「宇宙大戦?なに? ゲームの話?」 「あはは。マジだとしたら、ウケる」  教室内は混乱を極め、誰もが口を開いているような状態だった。  にも関わらず、何故かスピーカーから流れるその声は何処までも明瞭で、例えるならば、直接頭に響くような感覚さえあった。 「ここ日本には八百万の神がいると聞き及んでおります。幸い我々は既にすべての神とのコンタクトを終えており、実際には1000万を越す神々に協力を仰ぐことが出来ました。  神々には、各地域毎に分かれて、それぞれの地域に住まう方々の希望移転惑星を聞き出し、無事に送り届けるよう申し伝えております」  丁寧な日本語で、謎の放送は引き続き脳内を駆け巡る。  話が荒唐無稽過ぎてショートしそうだが、神に申し伝えているとか言ってるところを見るに、この放送主の実体は、相当恐ろしいに違いない。 「つきましては、これより3ヶ月後の午前0時までに、各々希望の惑星を決めて頂き、思い残すことなく移動出来るよう、準備を進めて頂きたいと存じます。  なお、移動先候補の惑星は三つございます。政府発行の公式パンフレットをお配り致しますので、その中よりご自身の希望する惑星をお決め下さいますよう宜しくお願い申し上げます。  ピンポンパンポーン」  不思議なことに、放送が終わった時には、誰もその話を眉唾だとも荒唐無稽だとも思わなくなっていた。  もちろんぼくも。  きっと、あの放送は、ぼくらの脳内を捏ねくりまわして、常識をジャックするものだったに違いない、と2ヶ月経った今は思っている。
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