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「この子…………名前は?」
カナタは、恐る恐る聞いた。……おそらく、自分と浅からぬ所縁のある子なのだ。
果たして、その名は──…
「すみません……シンタ、です。便宜上、そう、名付けさせて頂きました」
「なんで謝るんです……あっ?」
愼士朗の息子だから、シンタでも別にいいのに──そう思ったカナタだったが、最後の一文字の意味に、気づいた。
「もしかして、俺の……」
「カナタさんと、それと、ソラタ君の最後の一文字を使わせてもらいました。──カナタさんには、名前の漢字を付けてもらおうと思っていまして……」
それを励みに、様々な物事を乗り越えてきたのだと、三輪は短く語った。
「そんな──もっと、もっと早く、無事だってことだけでも連絡くれたら……俺、愼士朗さんが困っていたんなら、すぐに飛んで行ったのに!」
「そうもいかないでしょう。なかなか島から出ず、元日本に移住してからも苦労している様子を、レイ‐サキョウから聞いていました。それで、お互い落ち着くまで、会わない方がいいと判断しました。──この子も生まれたばかりで、船にも飛行機にも乗せられませんでしたし」
「それは、そうだったかもしれないけど……」
その時、カナタ達の後ろで、玄関扉が開けられる音がした。
ソラタは家にいるのに、探しに行ったはずのカナタが戻って来ず、話し声がしているのが気になったらしい、チョウヤだった──
「!! みっ、三輪特尉──!?」
と、最近のチョウヤにしては珍しく、ひどく驚いた声を上げた。
すると、その奥にある廊下から、ドタドタという音が響いた。チョウヤの後ろから、ソラタが顔を覗かせる。チョウヤに縋っているが、いま、その足で走ってきたのだ──…
「シンシロウさん! おかえりなさい!」
ソラタはそう叫ぶと、靴下のままで飛び出して、三輪とカナタの傍まで駆け寄った。
間違いなく、ソラタは走れた──急に神様のおしおきが解けたのか、起きてもいい時が来たみたいだった。
「宙汰君……ただいま。遅くなって、ごめんね。約束通り、この子も一緒だよ」
「うん! 僕ずっと、お父さんに秘密にして、待ってたよ!」
カナタは、二人が何を言っているのか、よくわからないが、三輪とソラタには通じ合っている様子だった。
「会いたかった~! 僕の弟なんだよね? 名前は、なんていうの?」
「──カナタさん、いいですか?」
シンタ、という名前なのと、ソラタの弟ということでいいか……と、三輪は尋ねたのだった。
カナタは、少し悩んだ。──自分はこの子を迎え入れて、いいのだろうか……?
だが……すぐに、思う。
戦場では死を選ぶと言っていた三輪を、ここに帰してくれたのは、この子だ──この子がいなければ、三輪は、自分がここに帰ってくることを選ばなかったかもしれない……
そして、三輪と共に生きるのなら、この子も一緒でなければ、ならない。
血が繋がっていなかったとしても、どんな生まれ方をしていても──共に生きる思いがあれば、親や家族に、なれるはずだ。
「シンタ、だよ。──よく来てくれたね、シンタ……おかえり」
と、言うと、カナタは目や胸が熱くなって、涙が止まらなくなった──そんな自分を三輪が、ソラタが、チョウヤも、見守ってくれている。
ここにいる皆でなら、強く、幸せに生きられると思えて……泣いた。
「お父さん──よかったね! シンシロウさんがいるから、これから畑も、たくさん作れるし、僕も、いっぱい手伝うよ!」
「おう、歩けるようになったみたいだし? いくらでも働かせてやるよ」
チョウヤの、やや毒入りの冗談に、ソラタは跳ねる様に笑った。
「皆で、ピクニックにも行こうね!」
ソラタの言葉に、カナタは、うんうんと頷くしかできなかった。
そんなカナタの頭を、シンタを抱く手の、もう片方の手で、三輪が撫でた。
そして、そのまま抱き寄せ、スン……と、匂いを嗅いだ。
──ああ、この人は間違いなく、三輪愼士朗だ……
たっぷり、いくらでも嗅いでもらいたいのと──自分も三輪を抱きしめたくて、カナタは大きく腕を広げた。シンタごと、三輪を包み込む。
この天体で、いちばん幸せな場所に自分は立っているのだと──カナタは思った。
そんな希望を持って、泣き笑いする自分達を、穏やかな春の陽光が、まばゆく照らしてくれていた。
終
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