四 三輪に逢いたい

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「この子…………名前は?」  カナタは、恐る恐る聞いた。……おそらく、自分と浅からぬ所縁のある子なのだ。  果たして、その名は──… 「すみません……シンタ、です。便宜上、そう、名付けさせて頂きました」 「なんで謝るんです……あっ?」  愼士朗の息子だから、シンタでも別にいいのに──そう思ったカナタだったが、最後の一文字の意味に、気づいた。 「もしかして、俺の……」 「カナタさんと、それと、ソラタ君の最後の一文字を使わせてもらいました。──カナタさんには、名前の漢字を付けてもらおうと思っていまして……」  それを励みに、様々な物事を乗り越えてきたのだと、三輪は短く語った。 「そんな──もっと、もっと早く、無事だってことだけでも連絡くれたら……俺、愼士朗さんが困っていたんなら、すぐに飛んで行ったのに!」 「そうもいかないでしょう。なかなか島から出ず、元日本に移住してからも苦労している様子を、レイ‐サキョウから聞いていました。それで、お互い落ち着くまで、会わない方がいいと判断しました。──この子も生まれたばかりで、船にも飛行機にも乗せられませんでしたし」 「それは、そうだったかもしれないけど……」  その時、カナタ達の後ろで、玄関扉が開けられる音がした。  ソラタは家にいるのに、探しに行ったはずのカナタが戻って来ず、話し声がしているのが気になったらしい、チョウヤだった── 「!! みっ、三輪特尉──!?」  と、最近のチョウヤにしては珍しく、ひどく驚いた声を上げた。  すると、その奥にある廊下から、ドタドタという音が響いた。チョウヤの後ろから、ソラタが顔を覗かせる。チョウヤに縋っているが、いま、その足で走ってきたのだ──… 「シンシロウさん! おかえりなさい!」  ソラタはそう叫ぶと、靴下のままで飛び出して、三輪とカナタの傍まで駆け寄った。  間違いなく、ソラタは走れた──急に神様のおしおきが解けたのか、起きてもいい時が来たみたいだった。 「宙汰君……ただいま。遅くなって、ごめんね。約束通り、この子も一緒だよ」 「うん! 僕ずっと、お父さんに秘密にして、待ってたよ!」  カナタは、二人が何を言っているのか、よくわからないが、三輪とソラタには通じ合っている様子だった。 「会いたかった~! 僕の弟なんだよね? 名前は、なんていうの?」 「──カナタさん、いいですか?」  シンタ、という名前なのと、ソラタの弟ということでいいか……と、三輪は尋ねたのだった。  カナタは、少し悩んだ。──自分はこの子を迎え入れて、いいのだろうか……?  だが……すぐに、思う。  戦場では死を選ぶと言っていた三輪を、ここに帰してくれたのは、この子だ──この子がいなければ、三輪は、自分がここに帰ってくることを選ばなかったかもしれない……  そして、三輪と共に生きるのなら、この子も一緒でなければ、ならない。  血が繋がっていなかったとしても、どんな生まれ方をしていても──共に生きる思いがあれば、親や家族に、なれるはずだ。 「シンタ、だよ。──よく来てくれたね、シンタ……おかえり」  と、言うと、カナタは目や胸が熱くなって、涙が止まらなくなった──そんな自分を三輪が、ソラタが、チョウヤも、見守ってくれている。  ここにいる皆でなら、強く、幸せに生きられると思えて……泣いた。 「お父さん──よかったね! シンシロウさんがいるから、これから畑も、たくさん作れるし、僕も、いっぱい手伝うよ!」 「おう、歩けるようになったみたいだし? いくらでも働かせてやるよ」  チョウヤの、やや毒入りの冗談に、ソラタは跳ねる様に笑った。 「皆で、ピクニックにも行こうね!」  ソラタの言葉に、カナタは、うんうんと頷くしかできなかった。  そんなカナタの頭を、シンタを抱く手の、もう片方の手で、三輪が撫でた。  そして、そのまま抱き寄せ、スン……と、匂いを嗅いだ。  ──ああ、この人は間違いなく、三輪愼士朗だ……  たっぷり、いくらでも嗅いでもらいたいのと──自分も三輪を抱きしめたくて、カナタは大きく腕を広げた。シンタごと、三輪を包み込む。  この天体で、いちばん幸せな場所に自分は立っているのだと──カナタは思った。  そんな希望を持って、泣き笑いする自分達を、穏やかな春の陽光が、まばゆく照らしてくれていた。                                                                   終
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