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クモと生娘:始
早朝、娘が目を覚ますと、隣には一匹の大きめの蜘蛛がいた。
始めこそ状況が呑み込めず何度か瞬きを繰り返した娘だったが、蜘蛛が自分の横で、しかも、枕の上にいることにショックを受けて意識を失った。
「おい、朱姫[あき]起きろ!」
「………え…、私…」
「遅刻じゃねえのか?」
「遅刻…あっ!今、何時ですか!?」
「もうすぐ8時になるぞ」
「きゃああああ!!遅刻だわ!?」
意識を失っていた娘・朱姫[あき]は名前を呼ばれて目を覚まし、自分の状況を確かめた。
名前を呼んだのは同居している叔父の知生[ともき]で、彼女が目を覚ましたことを確認した知生は朱姫の部屋をあとにし、台所から持ってきた朝食をテーブルに並べていった。
着替えを終えて洗面所へと駆け込んだ朱姫は、長い髪を整え、歯を磨いていた。
そんな朱姫へ朝食はきちんと食べてくようにと告げながら、知生は朱姫の弁当を包み、鞄へと押し込んだ。
歯みがきを終え、時間を気にしながらも、言われた通りに朱姫は知生の用意したトーストとサラダを食べていた。
バタバタと落ち着かない朱姫にスープを差し出し、自分はコーヒーを飲みながら、知生は珍しげな表情を浮かべて寝坊した理由を訊ねた。
「珍しいな。朱姫が寝坊するなんて」
「朝早くに目を覚ましたんです…。けれど…」
「?」
「クモが…」
「クモ?」
「はい…。大きなクモが目の前にいて、驚いてしまって…」
「そりゃ、災難だったな」
ポン
「…はい…」
「お、もう行かねえとな!」
「そうでした!!」
知生に頭を撫でられ、照れた表情を浮かべていた朱姫は、時間を確認した知生の一言に思い出したように鞄を手にし、急いで玄関へ向かうと靴を履いた。
同時に、頭に何かを乗せられてふと上を見た朱姫の目に飛び込んできたのは、ヘルメットを被った知生の姿だった。
そして、頭に乗せられていたのもヘルメットで、朱姫はそれを受け取ると嬉しそうに被った。
ブロロロロロ
「今日も頑張れよ!」
「はい!!」
「じゃあな」
朱姫を学校の前に下ろすと、知生は手を振りながらその場を走り去った。
頬を染めながらそんな知生の後ろ姿を見送っていた朱姫だったが、すぐに背後から掛けられた声に振り返り言葉を返した。
「バイクで送って貰えて、羨まし~いな~」
「!おはよう、未咲[みさ]」
「おはよう、朱姫。叔父さん、相変わらず格好いいね!!」
「うん…」
「親が海外に仕事でいってる間、あんな格好いい叔父さんと一つ屋根の下か~」
「え!………もう、未咲ったら…」
「ふふふ」
「早く教室行かなくちゃ」
‘一つ屋根の下’という言葉にドキリとした朱姫だったが、どこか悪戯っぽい表情を浮かべている未咲に気づくと苦笑して、一緒に教室へ行こうと促したのだった。
いつも通りの授業を受け、いつも通りの変わらない生活を送っているうちに、朱姫は今朝方あったことを忘れていった。
「あ~、疲れた…」
「ふふ、お疲れさま。と言っても、授業受けてただけだけどね…」
「それでも疲れるの!!体動かすのは好きだけど、頭を働かせるのは好きじゃないのよ…」
「そうだったね…」
「さ、授業も終わったし、帰ろっか!!」
「うん、そうだね」
「あ、でもちょっと待ってて!先生に渡すものあったんだ」
「分かった。下駄箱で待ってるね」
「すぐ行くから~」
そう言って、未咲と別れた朱姫は職員室へと急いだ。
朱姫が教室を出て階段へ差し掛かったその時、手を伸ばした先の手摺に一匹の蜘蛛がいるのが目に入った。
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