And・・・

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 夏の海は照り返しが強い。駿河湾の強い海風を受けながら、恩田はかかってきた電話に出る。 《恩田さん! テレビ、見ました。大丈夫ですか?》 「ああ、大丈夫だ」  恩田が電話越しに事件のあらましを説明してやると、相馬雄市は《そんなことが!》と驚いていた。 《でもまさか、動物の霊と話せるなんて――》 「いや、サーカスのライオンだからだろう。生まれてからずっと、人間に育てられたから、たぶん人間の言ってることが解るようになったり、人間の感情に近いものを持つようになったんじゃないか?」  だとしたら、ライオンだって恋もするし、恨みもするってことだ。”彼”はどうするのだろう。人間に対して、憎しみを持ち続けるのだろうか。それとも、人間の中にも信用できない奴と、できる奴がいるということが解るのだろうか。 《でもどうして、母親ライオンの魂はこの世に残ったんでしょう》 ”彼女”が言っていた。  サーカスに来る子どもたちは、本当に素敵な笑顔をしてくれるの。だからテレビだったら、もっともっとたくさん、子どもたちが笑顔になってくれるんじゃないかって。でも、私は、テレビに出ることは叶わなかった。  私の夢をあの子に押し付けるつもりはないわ。私は人間のことを恨んではいないけれど、あの子が人間のことが赦せないならそれでいい。  でもね、だからって、自分の生命を粗末にしないで欲しい。私たちはサバンナの草原で、独力で生きているわけじゃない。人間と暮らしていくしかないのだから――それに、生きているときしかできないことって、たくさんあるもの。 ”彼女”はニッコリ微笑んだ。  息子の晴れ舞台、見られなくって残念だわ。 「さあな」恩田は肩をすくめて言った。  サバンナだろうが、サーカスだろうが関係ない。どこにあっても生命は生命。たった一つしか存在しないものだ。  しかし、とにかく、ツイてない。計画は失敗。あの騒ぎのせいで、出演予定だった番組も中止になった。  よって、俺の告発は機会を失ったってことだ。 《それにしても恩田さん、どうしてそんなところにいたんです?》  相馬の問いかけに、「事件が俺を呼んでたのさ」とジョークでかわす。  悪いな、相馬。お前を巻き込むわけにはいかないんだ。  二つ折りの携帯電話。それを真っ二つに折り、海に向かって投げ捨てる。  さて。  俺はこんなところで諦めるわけに――いかな、  え――?  ――っ  わき腹に走る激痛。  いつの間にか背後に立っていた、黒い影。 「お前――」  恩田は、自分のわき腹に突き刺さったナイフを握る。黒い影は、返り血を浴びた手袋と上着を脱ぎ、海に捨ててきびすを返した。  くそ、ツイてねえ。  恩田の意識はそこで遠のいていった。最後に、水しぶきが跳ね飛ぶのを見、海水の冷たさを感じた。
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