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黒と白の野望
オレは黒猫だ。正真正銘のどす黒い猫だ。いつか白猫になりたいって思ってる。名前はまだない…訳じゃない、カラカラっていう。カラスみたいだからカラカラ。どうなってんだ、理不尽すぎないか?
だが、しょうがないとも言える。あまりに体がごつく目も鋭いため、カラスに間違えられることもしばしば。これではカラカラと呼ばれても仕方がない。ううむ、何故こんな見た目に生まれてきてしまったのだろう。
オレは野良猫なんだ。散歩がてらにオレが道の塀の上をぼーっと歩いていると、真っ白な毛並みのちいさな猫がいた。
「おい、そこの白猫」
「はいはい、なんでしょうか…って、出たァおぁ~!」
「何だよ、何があったんだよ」
「ひぃぃぃぃ!ビックリするじゃないですか…カラスかと思いましたよ…」
「またそれか」
オレが声を掛けたのは、町一番の美人猫、エレガント・プリティキュートだ。オレをカラスと見間違える確率は、他の猫仲間と比べてぶっちぎりで一位。エレガント…だなんて、これが本名だってんだから驚きだよな。まぁオレも人のこと言えないけど、それでも飼い主の顔が見てみたいもんだ。ちなみに、そこらの猫は略してエレガンと呼んでいる。エレガンっつったら銃の名前みたいになっちゃってるけど気にしたら負けだよな。うん。
「…で、用はなんですか、用は」
エレガンは怪訝そうに訊いてきた。美人猫だけど気取ってないのがコイツの長所だ。
「いや…なんとなく、その毛分けて欲しいなーって」
「え、オッケー!…って言うとでも思いました?」
「だよな」
オレは黒猫だ。だから、カラスに間違えられるんだ。オレだって可愛い見た目の白猫になってみたいんだよ!オレの気持ち、神に伝われ!
いつも通りにそんなことを祈っていると、ヒソヒソ誰かが陰口を叩く声が聞こえてきた。
「おいおい、見ろよ。アイツ、黒猫のカラカラだぜ」
「おおー、マジかっ…初めて見るけど確かにカラスみたいだなぁ…」
「だよなぁ!猫の天敵のカラスのような、あの醜い姿でエレガンちゃんに付きまとってら」
「エレガンちゃん、かっわいそー」
近所の猫だろう。もちろん、色は黒以外。オレはお腹の奥底から、うー……っと、低く唸った。怒りの唸りだ。
「気にしなくていいと思いますよ、あんなの。わたし可哀想なんかじゃないです」
「あー…サンキュ…」
「まったく、なんで黒猫を否定する猫がこの町には多いんでしょうか…カラスに間違えちゃうのはわたしもそうですけど、それはなんていうのかな…本能?みたいな感じなんですよ」
「猫の本能はオレを拒絶するのか」
「単なる見間違えですから…心配しなくていいですよ」
そう言うとエレガンは、ぱちっとウィンクした。
「カラカラくん…わたしはいつでもあなたの味方です」
「えっ」
オレの心の中で、何かが火照って熱くなった。エレガンはそんなオレを気にもせず、「そうだ!」と声を上げる。
「…なんだ」
「カラカラくんの、悪いイメージを払拭しちゃいましょう!ねえ、今夜わたしとご飯食べに行かない!?」
「ご飯…?猫用のレストランなんてこの町にはないぜ、ていうかどこの町にもねーだろ」
「いいんですよ、わたしいい所知ってるんです」
「え…」
オレは息を呑んだ。エレガンは、町一番の美人猫。オレみたいなカラスもどきは、本来喋ってはならぬ神の領域にいらっしゃる美人猫様だ。近所のオス猫たちからは凄まじくモテる。なのに、なのに本当にいいのだろうか?
「……でも、お前は…」
「んもう、カラカラくん!遠慮しないでよね…!わたしは真剣なんです!」
「ま…マジっ?」
オレは顔を輝かせた。そう……何を隠そう、オレはエレガンに片想いしている。叶わぬ恋ではあるのだが。黒が白に禁断の恋をしているのだ。
「……じゃ、じゃあ…オレ、行きます…」
「あはは、照れてるんですかー?」
エレガンは悪戯っぽく、そのクリクリの澄んだ瞳をきらりと光らせた。
「うふふ…カラカラくん、かわいい」
ギャー!!!こんなことがあっていいのか!!!オレはもう萌死寸前だ。ひぃひぃ、片想い相手に可愛いって言われちゃったぞ!オレ、オスだけど嬉しいわ!
なんとか冷静さを保とうと、オレはこほんと猫なりに咳払いをした。
「で……それは、いつ……なんだ?」
「んーと、今日の夜9時にしましょう」
「ディナーか、お洒落じゃねーか」
「えへっ…じゃあ、夜9時に町の広場に来てくれる?」
上目遣いで頼まれたら行くっきゃないなっ!ホント、エレガントな猫ちゃんだ!
「もちろん行くぜっ」
夜9時になった。満月がどんよりとした雲に隠れ、辺りは人間の作った街灯のあかりのみ。要するにほぼ真っ暗ってことだ。
「こんばんは、カラカラくん」
「おー、エレガン」
街の広場の噴水の上で、エレガンが上品なポーズで座っていた。横には…高級キャットフードの入ったエサ皿が置いてある。
「これがディナーです。わたしの飼い主の、デパートの戦利品…高級キャットフード。友達にも協力してもらって、ここに持ってきたんです。実はこれね、食べたら眠くなるんですって」
「眠く…なる?」
「はい。そして、眠りに落ちて次に目覚めたら…誰でも白猫になれる、特別なキャットフード」
「白猫に…なれる…!?目が覚めたら、白…っ!?」
オレは目を見開き、満面の笑みになって言った。これさえ食べて寝れば、エレガンのような綺麗な白猫になれるのか…!ずっと祈り続けてきた願いが叶うのか…っ!
「凄い…っ!これでカラス生活とはおサラバな訳だな!食べてもいいか?」
高揚感丸出しのオレに、エレガンは薄く微笑んだ。その顔に、夜の暗い影が落ちる。
「もちろんです。あなたのためにここに持ってきた、せ・ん・り・ひ・ん…だから…」
その色っぽい口調に、オレはにぃっと笑った。そして、エサ皿へと手を伸ばす。
オレは黒猫だ。カラスに間違えられる、ごつくて醜い黒猫。陰口を叩かれる黒猫。叶わぬ恋をする黒猫。
そうなんだ。だから。だから…!
「お前なんかに好かれるはずがねえっ!!」
「えっ…?」
オレは、猫にしてはごつく硬い肉球を駆使してエサ皿を掴みあげると、噴水の流れる水の中に、その戦利品のエサとやらをぶちまけた。
高級キャットフードが、一瞬にして水に流され、見えなくなる。
「はっ!?ちょ、ちょっと、なにしてんのっ…!」
「お前の見え見えの演技…散々陰口叩かれてきて、そこらじゅうの猫の腹黒さを知ってるオレに、通用するとでも思ったのか?」
「な…っ」
そう。オレはちゃんと見抜いていた。エレガンの、あからさまにオレに好意を抱いていそうな言動は、全て嘘だったのだ。本当のエレガンは、黒猫のオレを見下し、侮辱する、最低の美人猫女王。
「見た目は真っ白でも、心は真っ黒…ってやつだな。無論、目が覚めたら白猫になるなんていうキャットフードは存在しない。嘘ついてたんだろ。さらにだ…オレは見逃してなんかないぜ、キャットフードに潜む毒を」
「うぅっ、なんですって…」
「猫にとっての猛毒の玉ねぎ…入ってたよな、エサ皿に。どうやって玉ねぎを入れたかは知らねーけど…つまりお前は仲間の協力の元、黒猫のオレを毒を盛って殺そうとしたってことだ」
「……名探偵ね。あーあ、せっかく邪魔者が消えると思ったのに」
牙をむき出しにして、エレガンは充血した目でオレを睨んだ。なんと醜いことか。
「まぁ…しょうがないわね。今回の殺しはしっぱーい」
「今回…?お前、まさか他にも…」
「うふ、もちろんよ。わたしがここまで、この町の女帝のような猫になれたのは…邪魔者を排除してきたからよ!生まれ持ったこの美貌と才能で、あらゆる敵を消して、消して、消したのよ!」
「なに…っ」
雲が晴れる。満月の真下で、エレガンは狼のように、吠えるように高らかに笑った。
「近頃、あんたへの陰口で猫の話題がいーっぱいでね。わたしは常に話題となっていたいのよ…それで、こんなふうにあんたを消せると思ったんだけど」
「……一時期、オレは本当にお前に惚れてた。まぁ、お前の本心を見抜くまでの話だが」
「へぇ…?じゃあもっかい恋に落ちてみる?」
「嫌だね、絶対に」
そう啖呵を切ると、オレはエレガンに飛びかかった。月夜のもと、美人の白猫と孤高の黒猫が引っ掻き合い、必死に喧嘩をしているのは、通りゆく人間にはじゃれ合いにしか見えなかった。だが、猫からしたら一大事。
……オレは黒猫だ。カラスのような、陰口を叩かれ、憎まれ続け、殺されそうにもなる醜い黒猫。でも。
…このまま、腹黒い猫達をぶっ倒して、英雄としてこの町に居座るのも、悪くないなんてちょっと思えた。
そこんとこだけは、エレガンに感謝かな。
おわり
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