4.指輪を賭けて

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 店のオリジナルカクテルの段が終わり、今度はウィスキーの段に入った。ウィスキーのメニューは種類が少なかったので、すぐにワインの段に入る。  テーブルの上のグラスは、新しいお酒が届くたびに引かれてしまうので、今、ふたりが何杯飲み終わったところなのか、もうすっかり分からなくなっている。 (結構、飲んでるわよね。颯手……)  わたしは祈る様に両手をぎゅっと組み合わせた。 (どうか、どうか、何事もありませんように……)  そして、何杯かのワインを飲んだ後、突然、誉が、 「ストップ」 と言った。割り込んで来た制止の声に、颯手と筧君が、同時に誉の顔を見た。 「お前、もう無理だろ」  そういって誉が見つめたのは、筧君の方だった。筧君が目をすがめ、誉を睨み返す。 「俺はまだ……」 「とりあえず、トイレ行っとけ」  誉がそう勧めた途端、筧君はガタッと立ち上がった。そのまま、足早にお手洗いへと向かって行く。 「もう少し早く止めてやれば良かったかな」  誉は、やれやれと息を吐くと椅子から立ち上がった。 「ちょっと見といてやるか。あいつは俺が責任もって家に送るから、お前ら、先に帰っていいぞ」  ひらひらと手を振り、お手洗いへと向かった誉の背中を見送った後、 「……ほんなら、お言葉に甘えて帰ろか」 颯手が椅子から立ち上がった。 「颯手……大丈夫?」  もしかすると、颯手もフラフラなのではないかと思って心配になり、手を差し出すと、颯手はわたしを掌で制して、 「心配しいひんでも大丈夫やで」 と、にこっと微笑んだ。いつも通りのその笑顔にほっとする。  颯手はテーブルの上のわたしの結婚指輪を取り上げると、シャツの胸ポケットにしまった。伝票を手に取り、レジカウンターに向かうと、かなりの金額になってしまった会計を済ませる。  暗い店内から外へ出ると、雑居ビルの廊下の明かりが眩しく、わたしは思わず目をつぶった。何度か瞬きをしているうちに、気が付いたら、颯手は階段を下り始めていた。慌てて、その後について行く。  河原町通まで出てタクシーを拾い、後部座席にふたり並んで乗り込んだ。颯手は店を出てから、ずっと黙ったままだ。 (怒ってる……よね)  指輪を失くしたこともそうだし、その挙句、筧君に自分を賭けて飲み比べを挑むなんて無謀だと、きっと颯手は怒っているに違いない。  沈黙に押しつぶされそうになり、わたしの目に涙が浮かんで来た。 「あ、あのね、颯手……ご、ごめん……なさい。……指輪、失くして…………」  ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、謝罪の言葉を口にする。 「事情は家に帰ったら聞くし」  正面を向いたまま、ただそれだけの言葉しか返してくれなかった颯手を見て、わたしの目から、またぽろぽろと涙が零れた。
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