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昔に比べれば雛の身長も随分伸びた方だが、それでも菖蒲には届かなかった。わずかに身をかがめてキスをする彼に、雛も目を閉じて応じる。少しの間、彼から与えられる熱に浸っていると、ふいに唇が離された。
「……うるさいのが来た」
「え……?」
渋面を作る菖蒲を見上げ、雛が首を傾げた瞬間、入口の方から強い風が吹き込んできた。思わず目を閉じれば、すとん、と肩に温かいものが乗る。
「母様」
肩から話しかけてきたのは一羽の雛鳥だった。猛禽類ではあるが、まだまだ子どもなので、ほわほわとした幼さがある。
「急に来るからびっくりした……。おはよう、桔梗ちゃん」
「驚かせてごめんなさい。おはようございます、母様」
鳥は肩から降りると、人の姿へと変化した。人で言うなら四、五歳程度の年頃のかわいらしい少女の姿だ。菖蒲と同色の髪と瞳が、朝の光を受けてきらきらと輝いている。
「紫苑君は?」
「まだ寝ていると……」
思う、と桔梗が言いかけてやめる。雛には分からないが、あやかしの二人は何かを感じ取ったらしい。彼女の言葉の続きを、菖蒲が引き取る。
「起きたようだな」
「はい」
少し間を置いて、雛にもそれが分かった。軽やかな足音が戸板越しに聞こえてくる。
「二人とも、朝が早いね」
まだ早朝といっていいくらいの時間だ。あやかしが人のようには睡眠を必要としていないことは知っているが、朝晩くらいのんびりしていてもいいのになと思ってしまう。雛の言葉を受けて、桔梗がぷくっと頬を膨らませた。
「だって母様、今日もお仕事でしょう? 遅く起きたら、母様と一緒の時間が減ってしまいます」
「そ、そっか」
子どもたちは、どちらも菖蒲によく似ている。桔梗が膨れっ面をすると、昔は菖蒲もこんなふうだったのかな……などとついつい想像してしまい、顔が緩むのを止められない。
「母様?」
「ん、何でもない」
雛が答えたのとほぼ同時に戸が開き、桔梗の双子の弟である紫苑が入ってきた。雛、菖蒲、桔梗の顔を順に見て、ずるい、と呟く。
「どうして全員、こちらに揃ってるんですか。桔梗、起きたなら俺のことも起こしてくれれば──」
「嫌よ。それじゃあ母様を独り占めできないでしょう? 父様がいらしたのは、わたしも想定外」
好き勝手に意見を言う子どもたちを見て、菖蒲がため息を吐いた。
「……本当に油断ならない」
油断? 雛が首を傾げると、菖蒲が雛を自分の側に引き寄せた。後ろから抱き締められ、わ、と小さく声が出る。
「これは、俺のだ。独り占めするのは本来俺の権利だからな」
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