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あやかしの倫理観は、人とは違う。あやかしの中には親兄弟と番い、子を残すものもいるそうで、それを理由に菖蒲は我が子に対して牽制じみたことを口にすることがある。だが雛としては、桔梗や紫苑の言動は、幼少期によくある一過性のものに過ぎず、あと数年もすれば雛など見向きもされなくなるのだろうと考えている。保育所に勤める中で、あやかしの親子間においてもそのような例はたくさん見聞きしてきた。
だから子どもたちに対して牽制の必要などないし、そもそも、菖蒲もそれを本気で口にしているのかはあやしいものだと思う。しかし、本気であろうとなかろうと、菖蒲からまるで嫉妬しているかのような態度を見せられると、どうしても頬が熱くなってきてしまう。雛は自分を囲うように回された腕をきゅっと掴んだ。
「しょ、菖蒲さん。子どもたちの前なのであまりそういうことは……」
「二人の前だから、言っている。いないところで主張しても意味がない」
「それは……」
「相手が誰であろうと関係ない。俺が生きているうちは、おまえを他のやつにくれてやるつもりは一切ないのだからな」
もしこの先、菖蒲が雛より先に消滅するようなことがあれば、槐の庇護下に入るよう取り決めがされている。それを言い渡された日のことを思い出し、雛の胸は一瞬鋭く痛んだ。
「……あなたがわたしの側にいてくれる間も、そうでなくなってからも、わたしがあなた以外の誰かのものになることは、あり得ません」
生きているうちは、と菖蒲が断ったのは、自分がいなくなったあとにまで雛を縛りつけるつもりはないという、彼なりの優しさだということは分かっている。しかし、そんな優しさは欲しくはない。雛はずっと、菖蒲のことだけを想い続けていたいし、彼にも、雛がそうあることを望み続けてほしいのだから。
そうだったな、と菖蒲が応じると、桔梗と紫苑が「父様はずるい」と声を揃えた。
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