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「それなのに、楓ちゃんはお母さんに戻ってきてほしいんだね」
志貴が、楓の書いた用紙を手に取る。濃く、しっかりとした太い文字で書かれている。よほど力を込めたのだろう、筆圧で紙が柔くなっていた。
「なんで……」
自分を置いて海外に行ってしまった母。いまだ戻ってこない母。それなのに、楓は帰ってきてほしいという。
他人からすれば、なんて酷い母親なんだろうと思う。しかし楓にとっては、かけがえのない、たった一人の母親。
「一番お母さんに甘えたいさかりにいなくなった。それでも、楓ちゃんはお母さんが恋しいんだね。楓ちゃんにとっては、本当に大切なんだ。誰が何と言っても、お母さんのことが大好きなんだね」
志貴の言葉に、鈴音はとうとう我慢できずに零してしまう。一度零れてしまった涙は、おいそれとは止まってくれない。次から次へと頬を伝っていく。
「私……楓ちゃんに幸せになってほしい。楓ちゃんを喜ばせてあげたい……!」
膝の上でぎゅうと強く拳を握り締める鈴音に、ポンポンと志貴が優しく頭を撫でた。
「うん、そうだね。そうしよう」
そんな二人を見て目を細めた正義が、もう一方の紙を指差して問うた。
「鈴音、こっちはどうする?」
“母の病気を治してください” という三枝真紀の願い。こちらも気になる。
実は、こういった願いは他にも多くあったのだ。しかし、鈴音は何故かこの用紙が気になった。理由はわからない。
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