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「母親はな……外国へ行ったっきり、戻ってこんのじゃ」
「え……」
鈴音が呆然とする。志貴も目を見開いて驚く。
「外国へ行ったっきりって、仕事か何かですか?」
正義が首を横に振った。
「いや、夢を諦めきれずに、家を飛び出したんじゃ」
「待ってよ! 楓ちゃんがいるのに!? それに、旦那さん、楓ちゃんのお父さんは?」
「楓ちゃんが生まれてすぐに離婚したそうじゃ」
「……なんで」
鈴音が愕然とし、項垂れる。
「子どもが生まれてすぐに、離婚する!?」
「鈴音ちゃん……」
志貴が落ち着かせるように、鈴音の背をそっとさすった。
鈴音が志貴を見上げると、志貴が柔らかく笑む。それを見て、鈴音の心が少しずつ落ち着いていく。
「あそこの父親……栄子さんの息子じゃな、根は悪い奴じゃなかったが、いささか優柔不断でフラフラしとった。そして、なまじ顔が整っとったもんじゃから、ようモテてな、結婚してからもちょっかいをかけてくる女が結構おったみたいなんじゃ」
「ヒドイ! 人のものに手を出そうなんて! おまけに、子どももいるのに!! それに、その父親もしっかりしないから付け込まれるんじゃんっ!」
「そうじゃな。鈴音の言うとおりじゃ。で……その息子は悪い女に引っかかったみたいでな、離婚届を置いて、勝手に出て行ったそうじゃ」
「楓ちゃんがいるのに?」
「そうじゃ。栄子さんは息子のしでかしたことに苛まれ、苦しんだ。申し訳ないと何度も頭を下げ、せめて罪滅ぼしにと、嫁と孫のこれからを見守っていくことにしたんじゃ。嫁さんは子どもを産んだばかりだというのに旦那に逃げられ、ショックがあまりに大きすぎて、子育てどころじゃなかった。だから、楓ちゃんは、栄子さんが面倒を見とった」
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