クルーズ船『大日』・屋上デッキ

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「さて、残りの戦力をどう割り振るか……」 「おれが『鬼』の相手をする。姉貴たちは魔物を頼む」  悠輝の案に遙香は蟀谷(こめかみ)を押さえた。 「あんたねぇ、独りでどうにか出来る相手じゃないないでしょ。あたしが相手をするならともかく」 「やってみなけりゃ……」 「わかるッ、『鬼殺しの槍』があっても斃せなかったんだから」 「別に槍が無くても……」 「とにかく、『鬼』と戦いたいなら朱理と紫織に助けてもらいなさい」  有無を言わせぬ口調で遙香が言い切った。 「……わかった」 「刹那とザッキー、それに梵天丸と政宗は、あたしが止め損なった魔物の対処をお願い」 「了解!」  刹那は敬礼を返した。 「慧眼おじさんは、爺ちゃんが眼を覚ましたら、状況を見てあたしか悠輝、どちらかを援護して」 「承知した」  朱理は、ゾクリと背筋に冷たいモノを感じた。   これって……  紫織も脅えたような顔をしている。 「わかった? 『鬼』が魔物を呼び寄せるかどうか」  遙香が陸側の天を仰ぐ。 「でも、この数……こんなに魔物がいるなんて」  朱理は刹那の拝み屋の手伝いをしたり、悠輝のカルト事件に巻き込まれたりしたことが何度かあるが、魔物に出会ったことは数回しかない。それだけ数が少ないはずなのに、今は数十、いや数百を超える魔物が凄まじい勢いで迫ってくるのを感じる。  魔物は、悪霊や怨霊よりも強力な存在だ。もちろん魔物自体にも能力にかなり広い幅があるらしい。実際、『鬼』も魔物に含まれる。 「結界で魔物を防いで、その間にみんなで『鬼』をやっつけちゃダメなの?」 「そうかッ、さすが永遠ッ、頭いい!」  母が答えるよりも先に、刹那が顔を輝かせた。ところが、反対に遙香は渋い顔をする。 「残念だけど、そう簡単にはいかない。『鬼』を斃した途端に魔物は制御を失うから、どんな行動に出るか判らないのよ。数百いる魔物が好き勝手に街に出て、人を襲いだしたら目も当てられないわ」 「そうだよね……」  被害を出さないようにするには、ここでまともに相手をするしかないのだ。 「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」  突然、遙香が九字を唱え印を結んだ。次の瞬間、不気味な叫び声が轟く。   もう来たんだ!  魔物の襲撃が始まったのだ。遙香は印を結んだままの体勢で闇を見詰めている。叫び声は次々に上がる。遙香の験力で魔物が斃されていく。 「姉貴!」  悠輝が加勢するべく身を乗り出す。 「あんたは『鬼』に集中しなさい! こっちが隙を見せるのを待っているのよッ」  叔父は舌打ちをすると海を睨んだ。 「朱理と紫織はさがれ」 「ちょっとおじさん!」  此の期に及んで何を言っているのだ。今は全員の力を合わせる時なのに。 「おれに憑依して欲しい、だから身体は傷つかない場所に移動するんだ」 「もうッ、最初からそう言って!」 「わん!」 「すまないな、言葉が足りなくて」  朱理と紫織の抗議に苦笑しながら悠輝が詫びる。 「紫織、いつまで犬のマネをしてるの? 言葉を話しなさいよ」 「わん?」  妹と下らない会話をしていると、海から何かが飛び出して来た。朱理は咄嗟に精神を解き放ち叔父に憑依する。倒れる自分の身体を慧眼が支えてくれたのが、悠輝の視界の隅で確認できた。  海から出てきたモノが禍々しい妖力を吐き出した。悠輝は紙一重で(かわ)す。 「裂気斬!」  直ぐさま反撃に転じたが、裂気斬は朱理の力が加わっているにも関わらず、ソレに触れると消滅した。  悠輝は素早く間合を取る。  朱理は悠輝の眼を通じてハッキリとその姿を見た。かつて佐伯仏眼だったモノの胸を『鬼殺しの槍』が貫き、半分は背中から突き出ている。彼の皮膚は(にび)(いろ)になり、瞳は瞳孔まで真っ赤に染まっていた。  朱理の心に恐怖が湧き上がる、悠輝も緊張しているのを感じた。 『鬼』と同化した仏眼の姿が視界から消える。  悠輝が飛び退く。 「キャッ」  一瞬、左腕に鋭い痛みが走った。自分の腕ではない、悠輝の腕がダメージを受けたのだ。痛みが一瞬だったのは、痛覚の共有を叔父が遮断したからだろう。  視界に悠輝の左腕が入る。四本の爪痕があり、血が噴き出している。 〈おじさんッ、腕が〉 「大丈夫だ。  オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ!」  韋駄天真言を唱え、悠輝は加速した。 〈治療しないと!〉 「あいつがさせてくれない」  今度は仏眼の動きをしっかりと捉えることができた。獣染みた動きで鋭く伸びた爪で切り裂こうとしている。 〈烈火弾!〉  悠輝が避けている間に験力を溜め烈火弾を放つ。しかし裂気斬同樣、仏眼に触れた途端に消滅した。悠輝に憑依すると験力が強力になるだけでなく、精神が二つあるため呪も二つ同時に使える。ただし同時に使う場合は威力が一人の時以下だ。   そうだ紫織ッ、どうして来ないの?  朱理は心で紫織に呼びかけた。 〈おねぇちゃんッ、ヒョウイってどうやったらできるのッ?〉  返って来た答えに朱理は唖然とした。 〈あんた、マサムネくんに何度も憑依してるじゃないッ?〉 〈おぢちゃんには、したことないよ!〉   しまった!  犬の政宗は全幅信頼を紫織に寄せており、彼女を拒むことはない。しかし、妹や姪といえど人間には知られたくないことや教えてはならない事もある。験力の強い紫織を憑依させるのはリスクが高いのだ。そのため紫織に憑依させたことはない。それに朱理は数ヶ月前、母と叔父に憑依された際にやり方が何となく解った。実際、やろうと思ったら悠輝に憑依できた。そのため紫織も出来るものと思い込んでいたのだ。 「朱理、一度おれから離れて、紫織に憑依して連れてきてくれ」  言葉でどうこう説明するより、確かにそのほうが早い。 〈わかった〉  朱理は悠輝の精神から直接紫織の紫織の精神に憑依し直した。 「うわッ?」  いきなり精神に侵入され、紫織は悲鳴を上げた。 〈落ち着いて、お姉ちゃんだよ〉 「お、おねぇちゃん?」 〈いい紫織、わたしが今からあんたの精神を連れておじさんに憑依する。だから、わたしに心をゆだねて〉 「え、えっと……」 〈頭をからっぽにして、何も考えなければいいから!〉 「は、はい!」  朱理は紫織の精神を包み込むようにして、悠輝にアクセスしようとした。 「うッ」  悠輝の身体がデッキを転がる。 「おぢちゃん!」  紫織も思わず声を上げる。  悠輝の右膝が割けて骨が見えた。 『鬼』が悠輝にとどめを刺そうと、再び襲いかかる。
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